第20話 スマートシューズ


 感想戦を終えた桂は父親に一礼し、剣道のはかまに着替えた。

父親のいう素振りとは剣道の竹刀の素振りを意味し、精神鍛錬の一環で行なっているルーティンのひとつだ。

足袋たびを履き、中庭に出ると、自身の竹刀を手にしてからは無言で振り始めた。


蝉の運ぶ夏の奏。

増幅される暑さが、体力を奪う。


夕陽が沈みかける頃、竹刀の勢いで汗を弾き飛ばす。

百回ほど振っていると、隣の勝手口から初老の声が聞こえてきた。



「おぉーっ、桂くん、やっとるかぁー」



桂は素振りを中断して声の方を見る。

隣で剣道の道場を開いている【芦田アシダ流生リュウセイ師範】だ。

桂は幼い頃、剣道で道場に通っていたときからお世話になっている先生だ。


「ご無沙汰しております。師範」


「久しぶりじゃのぅ。しかしこの暑い中、大変じゃな。親父さんに将棋で負けたんか?」


「その通りです。師範」


「フォッフォッフォッ。それで精神面を鍛えろとの指令を受けたんじゃな」


「はい」


「年頃の桂くんは、様々な場面に遭遇し初めて経験することも多々あろう。これから待ち受けるあらゆる困難に立ち向かっていかねばならん。しかし、恐れてはならんぞ。全てはこれからの自身の為、それから大切なものを守る為に必要な経験となろう」


「はい」


芦田師範はもう七十を過ぎて精神肉体共に衰えてもおかしくない年代だが、依然その体躯たいくや精神の芯の太さから老いてもなお矍鑠かくしゃくとしている。


「己を信じ、決しておごらず、謙虚で前向きに目標を持って生きなさい。さすれば自ずと道は開かれるであろう」


「はい」


「弱き者を助ける為に、与えられたその才を決して私利私欲の為に使ってはならん。そしてある時は己の命を賭け、大切なものを守りなさい」



「――大切なものを守る。命をかけて」



「代々伝わる先人たちの言い伝えじゃ。確と心に留めておきなさい」



「はい」



「時は進み、科学技術の進歩も目覚ましい。最近のスマートアイテムには特に目を見張るものがある。ワシもそれらを駆使し、大切なものを守ってきた。桂くん。ワシからひとつ贈り物がある。今持ってくるからそこで待っていておくれ」


師範はそう言い残してから道場に戻ると、ひとつのシューズボックスを両手で持って来た。


桂はそれを受け取り箱を開けると瞠若どうじゃくに至る。


「――スマートシューズ。持っていらしたのですか……」


「フォッフォッフォッ。ワシにはもう使いこなせん。若い桂くんならきっと、正しく使ってくれると信じ託したい。受け取ってくれるか?」


「いいのですか。師範の大事なものでは」


「いいのじゃ。ワシは君を信用して渡すのじゃ。これまで教えた心技体と組み合わせれば道は開ける」


「ありがとうございます」


「但し、使いすぎには注意じゃ。人間の出せる力の領域を越えると心身への負担が大きい。いざという時に使っておくれ」


「はい」



「――桂、素振りは終わったのか?」


将司の声が足音とともに近づいてくる。

縁側から姿を現した将司は師範に挨拶すると、桂の持つ品に一言放った。


「それは、俺にも使いこなせなかった代物。使い方を誤れば身体を壊しかねん」


「フォッフォッフォッ。ワシは桂くんの真っ直ぐな瞳の可能性に賭けたのじゃ。いつになくいい目をしておる。きっと正しく使ってくれようぞ」


「よかったな、桂。大切に使えよ」


「うん。大切にするよ。」


靴を箱へ戻し、縁側に置くと素振りを再開した。


恵が冷たい飲み物を縁側に置くと、師範と挨拶を交わし談笑し始めた。

桂はそれに気を留めず、竹刀を振り続けていく。

蝉の鳴き声は小さくなってきている感じがした。



金美、ライブ、楽しんでいるかなぁ……



夜去方よさりつかた、辺りには薄闇の幕が降りていった。




❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎



Fate Ⅲ 生贄 完

Fate Ⅳ 復讐 へつづく



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