第18話 神盤
思いの外、観客の反響が大きい。
そのギャップに金美の全身に鳥肌が立つ。
端正な顔立ちから曲名が告げられると、扇動的な演出が続く。
「行くぜ! アーライ! ファイ! ファイ! ファイ! ファイ! ファイ! ファイ! ファイ! ファイ!」
会場が揺れ出す。金美は一瞬地震かと思った。
音と声の力を受けて百人以上がその場でジャンプしているのだ。
ドラムの高速ビートが激しさを増していく。
「へぇー、カッコいいじゃん!」
知らないバンドでも心を揺さぶられるアキは思わず本音を零す。
「眠りは夢から醒めて……」
ボーカルのフレーズ音にメロディアスなギターアルペジオが絡みつく。
紅い照明がボーカルに降り注ぐと、Bメロからサビへと繋がる高揚感に恍惚を覚える。
哀愁漂うギターソロから大サビを経て、キーボードの技巧的なマイナーコードでフェードアウトし一曲目が終わった。
大きな拍手が沸き起こる。
金美はカッコいい楽曲だと素直に思うとともに、もう一回聞いたらもっと好きになれそうな伸び代を感じていた。
ジアースクライズの三曲が全て終了すると、ボーカル以外のメンバーが次々に下手へ消えていく。
金美はもっと聞いていたいと、心が揺れ動いた刹那、印象的な力強いメッセージが
「――オメーら、いい生贄になれよ!」
去り際のセリフにも好感を抱かせる。
サービス精神がいいのか、対バン動員数でいつもより多い入りに悦に入っているのか。
いよいよ十五分後にサクリファイスの公演が始まる。
機材のセッティングがライブスタッフになされていると、赤髪の男【イズナ】が下手から登場する。
スタッフに何やら指示を与えているようだ。
その様子だけでバンギャの反応は上々だ。
「キャーッ!!!」
ライブが始まったのかと誤認させるほどの熱気。
赤髪はボディに渦を巻いた鋭角的フォルムが特徴的なワインレッドギターを抱えてマイクに向かう。
「あ、あー、マイクテスト、マイクテストだよー」
会場は笑いに包まれるとイズナは煽り始める。
「可愛い子猫ちゃんたち!」
「キャーッ!!!」
「今日も食べられに来たの?」
「キャーッ!!!」
「キミたちは、今日のメインディッシュに決定だからなぁー!」
「キャーッ!!!」
まだ開演時間前なのに異様な熱感が会場を包んでいる。
演奏開始まであと十分以上ある。
会場の客同士の流れにうねりが生まれ始めていた。
「スゴい熱気だね!」
金美の感想は周囲の雑踏にかき消されそうである。
手持ちのドリンクで喉を潤すが、もうすぐ無くなりそうな勢いだ。
「サクリのライブ始まると一気にバンギャ雪崩れて来てマジ危ないから、絶対に手放さないでね!」
エミが金美に念を押す。
「わかった!」
既に声を張り上げないと意思の疎通が出来ないほど会場のボルテージが高まっている。
息苦しささえ覚える。
立ち見のライブハウスは小規模だが雑踏事故が無いわけではない。
特にサクリに関しては最後の楽曲が始まると楽曲を聞くどころかメチャクチャになって、殆ど場所取りのために必死になってロクに聞いていないケースも多々あるほどだ。
最初から生贄を諦め、後方側に身を引いている懸命なバンギャもいる。
メンバーが下手から続々と現れると、割れんばかりの歓声が巻き起こる。
鼓膜が痛い。
背後から押される圧力を感じる。
金美たち三人はその絆で必死に前列三番目の位置に躍り出ることに成功していた。
最後に黒髪のボーカルが現れてマイクスタンドにつくとその勢いは更に増した。
マイクスタンドが贅沢な装いだなぁ、と金美は一目で感じた。
スタンドのグリップからポール下部へと、光沢のある
まるでボーカルの演出を際立たせる布石であるかのように。
サクリファイスはその知名度から、バンド名と楽曲名を告げることを敢えてしていない。
MCなくいきなり演奏を始め出す身勝手なパフォーマンス。
それもライブ演出の一環だった。
エフェクトのよく効いたギターサウンドが突如鳴り出し、バンギャが過剰反応するが、空気を読めるバンギャが多かったのが幸いで、リフ開始前には歓声は一旦収まってくれた。
それでも後方からの圧は依然として衰えない。
冒頭ギターのディレイとコーラスのエフェクターから織り成す絶妙な空間的サウンド感が、この上ない耽美的なメロディーへと昇華していく。
そこから疾走感溢れるカッティングへと展開されては、放たれていくソリッドな美声がバンギャの心を虜にしていく。
一曲目【君と僕とのレゾナンス】はその有り余る美しさから【
女子の心はその甘美で感情的なボーカリゼーションとその圧倒的なルックスに鷲掴みされ恍惚に染まる。
アキとエミはもうメロメロになっていた。
金美は流し目でそう確信する。
桂くんと一緒に見たかったな。
心の奥底で拭い切れない確かな思いを秘めながら、ライブは次の曲を迎えようとしていた。
❇︎
凛とした佇まいからの後手△
前後同形での進行。
しかし、中盤に差し掛かるところで、後手の将司がこの均衡を破った。
桂にはその手が想定外の一手だった。
全く考えていない手を打たれた。
なんだ、これは? 桂は動揺する。
桂はスマートアイズをオフにしている。
こんなものを使って対局などできないし、フェアではない。
そんな雑念を消すかのような駒音高い一手を放つ。
しかし、将司はすべてを見抜いているかのような
桂は自身の信じる道を突き進む。
眼を合わせることなく、視線は盤面に噛り付く。
中盤の
桂の築いた陣形は見る見るうちに崩壊し、先手玉はもはや風前の灯火である。
桂の右手は駒台に置かれた。
――投了。
まで、九十八手をもち後手の勝ち。
比較的短手数での完敗だった。
将司は言い放つ。
「感想戦はやるのか?」
終了図を携帯のカメラ機能で保存してから盤上の駒の配置を崩し始めた。
次第に元の初期配置へと駒を滑らせる。
「――では五分だけ」
桂の口から悔しさがにじみ出る。
「フッ……、五分? 五分じゃ短いな。まぁ、いい。ポイントを掻い摘んで話すから聞いとけ」
「――はい、よろしくお願いします」
桂も将司を手伝い初期の駒配置まで戻すと、初手から早いペースで今回指した駒の進行を二人の軌跡として辿っていく。
将棋は対話。
二人で築き上げるストーリーでもある。
その端々に父親からの愛情が、込められているような気がした。
「対策します。ありがとうございます」
桂は一礼し駒箱へ駒を収め始めた、その時だった。
一瞬、周囲の音がやんだ。
桂はふと父親の顔を見ると、そこに佇む怜悧な
ナイフで
「桂、今から表で素振りしてこい。千回」
「竹刀の素振りですか?」
「そうだ。今日は師範も顔を出すそうだ。桂に話したいことがあると言っていた。色々為になる話を聞くといい」
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