第13話 既視感の樹木

 ここが、先輩の学校。初めて見るキャンパスに心躍る。


緑に囲まれた豊かな自然、都心にこんな場所があることを今まで知らなかった。

校門に差し掛かると立派な石碑に学校名の刻印が視界に飛び込んでくる。


――【聖棋せいき大学医学部・大学院医学研究科】――


金美は大学生、現役で医学部への入学を果たした秀才だ。

桂は金美の容姿を人の命を守る医師として瞠目する。しかし、金美の口から意外な言葉が飛び出す。


「取り敢えず学食いこ」


「えっ? さっき食べたばっかりですよ」


「美味しいスイーツがあるのよ。別腹解禁でれっつごー」


ふたりはキャンパスのメイン通りを進んでいく。


なんて緑豊かなキャンパスなんだろう。

こんな環境で勉強できるのってなんだか、いいなぁ。


そんな視線の先に綺麗に手入れされた芝生の小高い丘が映る。

その平らになった頂に大きな樹木を見つける。

生徒が数名、木陰で昼食をとる様子があった。

中庭で食べるのって案外いいのかも。


「桂くーん、こっちこっち」


金美が右手で手招きしている。

緑を眺めていた桂のお腹は依然空いていない。


中庭に面した建物の一角にある学食は全面ガラス張りで確かな存在感を放っている。

スマートアイテム各種で自動精算され、購入履歴も過去三年分までは保存される。

金美の指は早くもスイーツの自動販売機のボタンを押していた。


「桂くん、お腹あんまり空いてないと思うから、カンタンなアイスにしよっか」


「アイスですか、はい、えーと、チョコアイスが食べたいです」


「決っまりぃ。はい、シャリーン」


金美は自身のアップルウォッチをベンダーマシンのセンサーにかざす。

波長の良い無機質な効果音と共にアイスが取り出し口から、こちらの顔をのぞくように大人しめに出てきた。


「ごちになります」

「全然いいよ。中庭で食べよっか」

「はい」


桂は嬉しかった。


てっきり屋内で食べるのかと思いきや、さっき眺めていた景色のところへふたりで向かっていくから尚更だ。


遠くからでも段々と樹木の大きさが伝わってくる。


「桂くん。あの大きな木、なんて言う木か知ってる?」


金美の人差し指が樹木の方を指す。


「なんかのCMで見たことある気がします」


金美はくすっと笑って解説する。


「これはモンキーポッドっていうの。アメリカハワイ州オアフ島のモアナルア・ガーデンっていうところにある特別な木なんだよ」


「学食入る前から気になって観ていたんですけど、なんか遠くから観ていても大らかで落ち着く感じがしましたよ」


「やっぱり気になるよね。高さ、幅ともに十メートル以上あるから普通の木よりは大きいよね。本当は二十メートル以上あるんだけど、ここにあるのはそのクローンでまだ小型なの。どっかの企業から寄贈されたらしいんだけど、詳しいことは忘れちゃった。てへへっ」


雄大とそびえるその大樹には希少価値がある。

外観的にも美しく陽の光を浴びることで、神秘的な輝きを宿しているようにも見える。

さっきまでいた木陰にはもう誰も居なくなっていた。

柔らかい風がいくつもの緑を揺らし、優しい音を奏でる。

両足が木漏れ日に差し掛かったところでふたりは腰を下ろした。

金美の顔を見ると早速キャラメルマキアート味のバニラスイーツを美味しそうに頬張っている。


「んんー、しあわせー」


幸せそうな横顔を見れて桂も同じような気持ちになった。


「いただきます」


チョコアイスの果実を選んだ桂は一粒ずつ口に運んで体温でゆっくり溶かしながら喉を潤した。


「んんーっ、しあわせー」

「あははっ、そっちも美味しそうだね。よかった」


小高い丘に降り注ぐ日差しは緑のカーテンで自然に和らいでいる。

時折吹き上げる風も温かい陽射しの熱を丘の上へ届けてみても日陰ではむしろ心地よい。


「あぁー、気持ちいいー」


横を見やると食べ終わって芝生に全身を預けて大の字で伸びをしている。

食べ終わった桂も同じようにやってみる。


「気持ちいいー」


真似をしてみると金美の元気な笑い声が聞こえてきた。


うららかな木漏れ日。


瞳を開けると眩しく感じる数瞬の前に、次の葉影が流れてくる。


実に様々な緑の色が陽光と風とで複雑なアクセントを生み出しては、元に戻って揺れてはささやいての繰り返し。


そのあとに大きなあくびが続くと、なんだか瞼が重たくなっていく。


しばらく木々の枝々の先々を空の方へ眺めていると次第に意識は遠退いていった。




金美の声が聞こえなくなる。




意識は空へと吸い込まれるように落ちていった。

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