Fate Ⅱ 虹彩

第12話 スマートアイズ

 朝日を纏うレースカーテンはその輝きの隙間を縫うように、風に揺れ舞いながら音として空間になびいている。


眩い斜光がその揺れる複雑な陰影を許すように、ケイという男の腕の中に金美カナミはスースーと静かな寝息を立てて眠っていた。


ナイトドレスを纏いながらその身のすべてを桂に委ねて、時の流れにその存在を任せている。

彼女を起こさないように薄いブランケットを肩までかけてあげると、自身はベッドからそっと身を滑らせ、可憐に舞う純白のベールに手を差し伸べては、朝日を瞳にかざしてみる。

心地よい光のシャワーを浴びてにわかに覚醒した桂はベッドの方へと歩み寄る。

夢に眠る彼女の額にそっとキスをした。

少しくすぐったそうにその身を捩りながら口元が少しほころんでいるように見える。


少し乱れた髪にゆっくり指を通すように頭を優しくでてみる。


微かに揺れる寝顔が美しくあどけない。

そして優しい眼差しで、彼女に変わらない想いを重ねた。



 キッチンにある湯沸かしポット内の水を入れ替えてスイッチを押す。

煮沸音が一頻ひとしきり終わると白湯をコップの半分程注ぎ、冷ましながら飲みくだし一息つく。


角部屋のベランダに出て外の景色を眺める。


港町の埋め立て地の一角で建設中のラッシュ音が抜けるような蒼穹そうきゅうのもと、朝霧にこだましている。


黎明れいめいの予感を抱きながら、陽光で体内時計を取り返すとキッチンへと戻り、慣れない仕草でエプロンを探し始めた。


朝食の準備をしていると寝室から彼女の背伸びをする音が聞こえてくる。

生活音を極力出さずに注意を払っていた桂だが、俎板まないたと包丁の相性の良さには手を焼いてしまう。


射し込める陽の光の中、彼女の耳に安らぎをもたらすように、優しい音として届いたようだ。

ややあって、あくびにならう「おはよう」の声から彼女のいたいけさを感じ取る。

そして眠たい顔のままの彼女の姿を見て安堵する。


「おはよう」


桂は握っている右手のフライ返しを、小さなため息と合わせて振って応えた。

彼女の自宅に泊めてもらったのは今回で何回目になるだろう。


三度も同じ場所に身を置けば物の配置や場所は大体覚えられるというが、

ここで彼女に朝食を作ってみたのは今回が初めてだ。


彼女はとても驚いた表情をしていたが、すぐに相好を崩した。


桂の好きな笑顔で、彼女は喜んでくれた。

それが桂にとって、何よりも幸せだった。


昨晩の忘れられない、甘いひとときよりも。



「朝ごはん、食べる?」



何度もうなずく彼女の目には小さな涙が浮かんでいた。

目ヤニを取る仕草で嬉し涙を曖昧に誤魔化しつつ、鼻をすすって笑った。


 ガラステーブルにコトッと置かれた野菜スープで冷えかかった身体を温めている金美は、さりげなく小さく笑って話し始めた。



「――なんだか私たち、同棲しているみたいだね」



桂は口に含んでいたミルクを吹き出しそうになる。

鼻に逆流して派手にむせてしまう。


「そんなにあせんなくてもいいじゃん」


少し大きく笑うと同時に桂の手は卓上のティッシュ箱へ伸びていた。


「桂くんって料理上手なんだね、なんだか感心しちゃった。スープあったかくて美味しい」


カップを両手で置いて桂の様子を観察しつつ、手元のフォークで細切れのレタスと程よいサイズの輪切りのトマトとを小さくまとめて口に運ぶ。

桂は逆噴射しかかった鼻の牛乳処理をして尚も咳き込んでいる。


金美は莞爾かんじとして笑う。


「料理できる男子ってステキだよね。モテると思う。ねぇ、桂くんって、モテるでしょ?」


「そんな、こと、ない、です」


「そうかなぁ」


リビングの一角の壁面に掛かる時計の大針は十一に差し掛かろうとしていた。

シーリングファンが風と熱と音とを優しくブレンドしながら、時計の秒針よりもやや速い速度で音も無く稼働を続ける。


その回転運動は、まるでふたりの時間をいたずらに早めているように見える。



「桂くん。今までにコンタクトレンズってつけた事あったよね?」


少し間をおいてから金美が話題を変える。


「はい、カラコンでソフトなら付けたことありますよ。度の入っていないやつ」


「おぉ、よかった。ちょっとつけてほしいモノがあるんだよね。今あるのがソフトタイプのカラコンなんだけど、どうかな?」


気づけば、テーブル上の隅にコンタクトレンズのケースが収められた小さな箱が視界に入る。

レンズケースに【Smart Eyes】というロゴが入っている。

全部でカラーバリエーションが四つ見つかり、そのうち半分がディファインタイプだった。

桂はそのロゴを見て金美の過去の色が蘇るような感覚に襲われた。


金美は平気なのだろうか? 過去の色にまだ引きられてはいないのだろうか。


「全部非売品なんだけど、知人が海外から極秘輸入してきたやつなんだぁ。付けると世界観ガラッと変わるからハマり過ぎに注意なんだって」


あどけない表情でニコッと笑うと、キレイな二つのえくぼができる。


いつもの金美だった。


杞憂であったと自身に思い聞かせカラコンの色に直感を働かせる。


桂はネイビー、金美はディファイングレーをそれぞれ自身のパートナーとして選んだ。


「お互い、いい色を選べたね」



金美は何だか嬉しそうだった。少し間を置いて続ける。



「桂くん。今日は土曜日だし、カラコンつけてキャンパスデートしよう」

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