第9話 本能の扉

 妹は勢いに任せ、右手で玄関照明のスイッチを壊れるような力で叩く。


そこから眩しいくらいの明度。

闇を打ち消すような、網膜を焦がすほどの刺激。



そして、愕然とする。



―― 見えた……。


目の前に佇立する男と女、二体のAI。



AI……、人間のようにしか見えないけど。

しかし、さらったときは男だった。なぜ女?



若汐ルオシー 殺戮型多重人格ヒューマノイドAI タイプⅡ】



――瞳が告げる。

タイプⅡ……、さっきはタイプⅠだったから、型が違うのか?

多重人格だから? でも身体自体違う気が。



「不思議な顔をしているわね」



男のAIは妹を背後から両手を抑え、抵抗しないよう押さえつけている。


「離して! 離してよ!」

若汐ルオシーは妹の抵抗を無視して続ける。


「私の中には三人の人格がいるの。ある時から境に、それぞれの身体が不定期で入れ替わるようになったのよ」



――三人の人格。身体が入れ替わる?


「なぜ、妹の姿でいられたんだ?」



私は冥途の土産を頂くかのように問いただす。

両親が帰ってくると信じて、それまでの時間稼ぎとして望みを繋ぎたい衝動に駆られていく。



「ふふっ 特別に教えてあげるわ。私たちは触れた人間の姿・形に変わることができるの。特殊部隊に与えられたスキルの一つよ」


――そうか、地下駐車場で妹は若汐ルオシーに担がれていた、そのときに……。



「二階が寝室のようね、そちらで話しましょう」



そう言うと私の胸ぐらを掴み、いとも容易く全体重を持ち上げた。


もの凄い力だ。

なす術がなかった。


女は微笑をたたえながら、階上へと階段を登り始める。



―― 寝室?



私は最初その意図がわからなかった。

そのまま外へ連れ出されると思っていたので意外に思った。


廊下左側が私と妹の寝室だ。

部屋は隔てられておらず、それぞれのベッドが二台、窓際に横に並行して配置されている。


女はドアを開け放ち、私を窓側奥のベッドへ粗雑に投げ飛ばす。

スプリングで全身がバウンドする。

その衝撃で懐に忍ばせていた電磁パルスナイフが身体から離れ、ベッドサイドへ弾むように転がる。


――なんて力だ。

掴まれていた部分を見遣ると、胸ぐら辺りのボタンが外れてしまっている。


寝室のカーテンが開いていた。


時折、恐怖を煽る、光る闇。

窓を激しく打ち付ける、暴力の雨。

そして遅れて続く、風の悲鳴。


どれをとっても、ネガティブな感情しか浮かんでこない。


妹は手前のベッドに男に組み敷かれていて、身動きが取れない。

稲光がその様子を不気味に照らす。


「やめて、どいてよ!」


男は無表情のまま、女からの指示を待っているようだ。


「お父さん、お母さん、うぅ、うぅ、うぅぅ……」


―― そうだ、私たちは両親との都内旅行の途中でコイツらに攫われたんだ。


今頃、両親は心配しているに違いない。

でも、着信がなかったのはなぜなのか。

連絡があってもいいはずなのに。


「あなたたちの親御さんはウチの精鋭たちによって、組織に連行されたわ。口外されたら面倒だからね」


「そんな……、ウソだ……。そんなの……、ウソに決まっている……」


妹の表情から正気が無くなっていく。


「邪魔なだけよ。だから連れ去ってもらったの」


女は不気味な口角をあげて私を見下ろすようにベッドの上に乗り出してくる。

そして、ベッド端に転がって離れていた電磁パルスナイフを、握り潰して破壊した。


その衝撃は私の瞳を、針の穴を通すほどまで収縮させた。


粉々になったナイフ。

儚い放電。

フェードアウトした最後の輝く線が、まるで死神が悪夢を告げるような感覚に陥れた。


「あなたたちには私たちの実験に付き合ってもらうわよ。とっても魅力的なサンプルなんだから」


女は私を仰向けに体勢を変えさせ、身を乗り出しては私の鼻先を、細い人差し指で小突いた。


玄関で香った妖馨ようこうが再び漂ってくる。

この女から発せられていたのか? この魔香は?


女のスーツの隙間からのぞく豊満な胸の谷間が、深淵な闇をつくりだす。


「人間たちの遊びって興味があるの」


女の白い指先が私の口元に触れたか思うと顎先から喉元、はだけた胸元へと這わせていく。



―― ゾクッ……!!!



全身を鋭い感覚が走り抜ける。

それは、今までに経験の無い解放感をみなぎらせ、本能の扉をこじ開けようと快を求める不可抗力だった。


「お兄ちゃん!」


なぜだ? この女から、瞳が、逃れられない。




「セックスしたことある? 坊や」




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