第6話 キミたちは死なない
急に雨が降り始めた。
天は予報通り、足早に大気を湿らせに走る。
「せっかくこの辺まで来たんだ! 遊んでいこうよ、先輩!」
「まだ任務遂行中だぞ。それにお前らの行動全般の全責任は俺が取らされるんだからな!」
濡れゆくXiは苛立ち始める。
変態ドローンのRzが電池切れになりかけている。
ソーラーエネルギー変換率をレベルMAX設定にして対応しているが、天候の恩恵を受けられていない。
「Xiさまぁ、激しいですぅ、そんなに右に左にぃ」
「あぁーっ もう! お前は口癖を直せ!」
「はいぃ、ごめんなさいですぅ!」
「じゃあ、今から夢の国へしゃれこもうよ! シンイー! ユーシー!」
ハオユーが叫ぶと、数秒後にドローンに乗った新たに小さめのヒューマノイドAIが二体、Xiの前方に現れた。
「あーっ! Xi先輩! こんちわーっ!」
集まってきたAIが同時に言を発す。
「お前たちもこの辺まで来ていたのか。何だ、三対一でやり合うのか?」
Xiはブレードで威嚇する。
「この子たちが来たら戦わないよ。まだ、小さいからね。それに、夢の世界がすぐそこにあるから一緒に遊んでいこうかなって」
「遊ぶって、あれは人間の……」
「わーい!」
ハオユーはシンイーとユーシーとをドローンを従え引き連れると、早速ランド上空から無銭入場を果たしている。
「お、おい……」
話を全く聞いていない。
後でどうなっても知らねーからな……
Xiは全身の毛穴からため息が出そうな思いだった。
大雨でディズニーランドの誰も乗っていないビッグサンダーマウンテンの先頭コースター。
ヒーロー戦隊の真似なのか、進行方向逆向きでハオユーが仁王立ちしていた。
顔の表情から興入りのようだ。
ヒャッホーッ!!
そんな愉快な声が聞こえてくる。
「やれやれ……」
Xiは腰の両側に両手を当てる。
足元の変態とともにしばらくその様子を眺めていた。
雨足が強くなる。
「あぁー! いいなぁー! アタシもあれやってみたいですぅー!」
「いや、お前はもう帰れ」
❇︎
高速を降り、自宅近傍の幹線道路に面しているコンビニ前の路肩に駐車する。
コンビニの駐車場スペースがあいにく満車だったためだ。
スマートアイズでカーナビに目的地として設定した場所。
自宅の所在地をダイレクトで設定する勇気は無かったため、あえて利便の利くこの場所を選んでいた。
エンジンはつけたままでいいとLiに言われたので、そのままに手を触れず、しばらく車内で待機していた。
「コレ、Xiちゃんからのプレゼント。二人に渡してって」
小さな小箱を受け取る。パッケージには【Smart Eyes】のロゴが記されている。
赤色から紫色までグラデーション仕様のカラーリング。
ディファインタイプと併せてそれぞれ全部で十種類。
「多分コレが市場に出回るのが五十年後くらいかな。時代を先取りしてみてね! 優越感MAX間違いなしだよ!」
Liは左目をウィンクして見せる。未だにテンションが高い。
こんな非常時に何て陽気な。
ズドーン!!!
すぐ近くで何かが墜落したような大きな音と衝撃。
前方に視線を向けると、そこには満身創痍のXiが変態もろとも地面を抉るように墜落していた。
Liが車から降りるとXiの元へ歩み寄る。私たちも後に継ぐ。
「ありゃりゃーっ 随分派手にやり合ってきたねぇ、Xiちゃん!」
私は目を剥いた。
全身が銃痕で穴だらけになっている。
表面の人工生体組織からは生々しい血痕がまだらに広がっている。
その隙間を埋めるように鋭利な創傷が深部の装甲部まで至っており、全身濡れているせいか、時折火花が散っている。
Xiが変態を左手に持ちながらゆっくりと立ち上がり、こちらの様子を見遣った。
「さっきのAIと戦ってきたんですか?」
「あぁ、後輩なんだが、サシで決闘申し込んできてよ。意外とノル気になってくれてか案外時間が稼げた。ま、戦闘不能にしてやったけどな!」
本当は取り逃がしたことを敢えて言わなかった。
その凄惨な姿を見て思わず喉元を鳴らす。
「心配するな、AIの一体や二体、経費で何とかなる。それよりLi、こいつをなんとかしてくれ」
XiはLiが応援で寄越したRzをこれみよがしに前方に突き出した。
「肝心なところで使用不能になった変態だ。無駄にテンション上げたせいで電池切れになりやがった」
「あちゃー、会社に戻って充電だね。今日はソーラー使えなさそうだ」
「うーん、ラブ注入してほしいですぅ……」
Xiは感情なく変態を車内へ放り投げた。
「何はともあれ、みんな無事でよかったね! Xiちゃんがいなかったら今頃全滅だったよ」
「……」
私たちは完全に圧倒されていた。
狐につままれた表情だったかもしれない。
非日常の連続が私たちから言語を奪ってやまない。
「――帰れそうか?」
Xiは努めて優しい口調で話しかける。
「う、うん」
無意識の声が私の口元を離れていた。
「大丈夫、キミたちは死なない」
私はその言葉を受け入れ難かったが、Xiや Liに助けられてその言葉はどこか、不思議な安心感へと変わっていた。
「帰ったら
「大丈夫だ、俺が上手く口実を作る。後輩ハオユーのトレーニングの一環だ。
「被験者を解放したことについてはどう説明するつもり?」
「電磁パルスでしばらくフリーズしていた……、その隙に逃げられた、とでも言っておこうか」
「わぁーん! Xiちゃんのバカ―! わたしたち処刑確定だよぉ!」
「
徐に近づいたXi。
Liの顎を人差し指の縁で持ち上げる。
私は目を疑った。
「んぅ」
熱い口づけ。
お互い瞳を閉じて確かめ合うように、その場で距離をなくした。
人間のようにしか見えないAI同士の、恋人のような瞬間。
LiはXiの首元へ両腕をまわしていく。
公衆の面前で堂々と。
この二人って、付き合ってるの?
遠巻きから複数の視線を感じ始める。
傷だらけのXiのボディ。
周囲の関心を引き寄せるように、その視線の数は次第に勢いを増していく。
私は居ても立っても居られない気持ちになって、思わず妹を見る。
妹は両手を胸に当てながら、一際目がときめいていた。
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