第4話 追手

 首都高速湾岸線に乗って数分経つ。

県境の川が前方に見えて来た。もうすぐ千葉県に入る。


心拍も落ち着いて来る。

速度計は時速百キロ、車線変更もスムーズだ。

安心感から吸い込まれるような微睡まどろみの感覚に襲われた。妹も何だか眠そうだった。


このまま無事に家に帰れると思った、その時だった。


突如、スマートアイズのデンジャースキャンがけたたましい警告音を脳内へ響かせる。


頭上より凶器反応! 目の前が真っ赤に点滅する。


その直後、ドスンという鈍い音がルーフから聞こえた気がした。


何かが落ちてぶつかった音?


思わず頭上を見上げるが、何が起きているのかわからない。



「シートベルトを外して足元へ隠れろ!」


Xiの叫び。


えっ? と思った瞬間、私たちの反応が鈍かったのか、後部座席のXiがリモート操作で右へ急ハンドルを切る。


「うわっ!!!」


一気に三車線分の移動。右の助手席へ飛ばされた私は妹にぶつかった。


瞬間、天井から鋭利なナイフが運転席目掛けて貫いてきた。

ナイフが座席まで届いている。


「キャアァァァ―――ッ!!!」


「追手か!」


「そんな、巻いたんじゃ……」


恐怖の色が復活する。

妹は今にも泣き出しそうな面持ちで眉根を激しく寄せた。


ナイフが素早く引き抜かれるとその正体は、今度はボンネット上に重量感を伴って着地する。


透明じゃない。人の姿・形。

すでに上腕ブレードを振りかぶっている。


――刹那、フロントガラスに激しい剣戟けんげきの跡が生々しく刻まれる。


まるで稲妻のようなヒビが、一瞬で全面を恐怖の色で支配するように覆い尽くした。

本気でブチ破ろうとしている。


「えっ? ちょっ? ウソでしょ?」


「こっちへ!」


Liは妹を後部座席側へ引っ張り出し、膝下へかくまう。

そして私に手をかけようとした瞬間、前方の世界が破られた。


凄まじい衝撃音とともに、猛烈な烈風が襲いかかって来る。



「くぅおぉぉぉあああぁぁぁっ!!!」



私は両腕で目の前を塞ぐのがやっとだった。


時速百キロの衝撃。


驚愕の空気抵抗。


なす術がない。


何も考えられない。


すると強い力で私は胸ぐらを掴まれる感覚を覚える。


一瞬、暴風が止んだかと思うと、目の前にAIと思しき人間が片膝をついて、顔を近くまで寄せてきていた。


あお双眸そうぼう

私はあまりの恐怖に絶句した。


目を見開いたまま、私は意識を失うのではないかと思うほどの脅威に、全身がはりつけにされた。



「いい目をしているな。さすがは選ばれし戦士だ」



その男は端正な顔立ちからそう告げると、言葉尻とともに口角を上げた。


その数瞬の後、 Xiは後部座席からヘッドレストを縫うように、ロケットアームでその男の顔面を正面から殴りつけ、車外へ弾き飛ばした。

男はその弾かれる勢いで後部に迫るアーチ状の鉄橋に激突しながら上空へ飛ばされていく。


「ちったぁ、行って来るぜ。Li、コイツらの面倒と運転を頼む」


「もぅ、Xiちゃん。自由人なんだからーっ!!」


語尾を強めたLiの頬は膨れ上がっている。

Xiが大破したフロント面から身を乗り出すと、弾かれたように敵へと向かって飛び出していく。


ウソでしょ?


Liはそれを見終わるよりも前に私を後部座席へ引っ張り出し、妹と隣り合わせた。


Xiから引き継いだリモート運転。

Liは速度を時速六十キロまで落としていく。


烈風は次第に脅威の矛を収め始めるが、依然として強風が吹きつけてくる。


「もう大丈夫だからね!」

「大丈夫じゃないですよ!」


Liの言葉に牙を剥いた私は、震える肩で息をしていた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


私はどんな顔をしていただろうか?

恐怖に怯え、一度は弛緩しかんしたとはいえ、相当醜い顔だったに違いない。


私は言葉なく妹を抱き寄せた。

頭の後ろに右手を回すと嗚咽おえつが漏れる。


「うぅ、ううぅぅ……」


私はたまらず泣いた。

まるで涙が意思を持つように、せきを切って溢れ出す。


しゃくりあげる。

口元が痙攣する。


生きている。信じられない。



「怖かった。怖かったよ」


打ち震える本能。

止まらない戦慄。

妹は背中をさすって、何度も優しく叩いて落ち着かせようとしてくれた。


嬉しかった。

妹も怖いに違いない。

それなのに。


しかし、前方から吹きつける強風が予断を許さない。

恐ろしい怨嗟えんさの声の如く襲いかかって来る。



――エキストラリストラクチャリング。



LiがsXR【Super-Extended Reality(スーパークロスリアリティ)】プログラムを脳内で転送すると、無惨に残っているガラス片が全て窓枠から次々に除去されていく。


そこから新たな強化ガラスが覆い被さるように前面をシールドした。

鳴り止まなかった風の脅威は一気に止み、恐ろしいほどの静寂が訪れた。



まさに無とはこのことか。



私は一気に力が抜けるような安堵感に包まれた。


「あ、ありがとうございます。こんなことができるんですね」


妹は私を包みながら礼を言う。


「まぁ、Xiちゃんが事前にプログラムした内容を脳内でコピペして、車内オペレーティングシステムへ転送しただけなんだけどね。えへへ」


「それだけでもスゴいですよ」


よくわからなかったが、無意識にほめそやす。


その後、リアガラスも同様にリペアがなされ前方後方の視界が良好となったのを確認すると、前方で金属同士のぜる音が聞こえてきた。


「あ、Xiちゃん! あそこだ! 橋の上! スゴーイ! 上腕ブレード同士で斬り合っている! サポート呼ばなきゃ!」


「こ、こんなことって……」


まるでSFの世界。

眼前に展開されている超次元。


信じられない光景を、ただ見届けることしかできなかった。


どうか、夢であってほしい、そう願った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る