第3話 二体のAI

 スマートアイズでカーナビへリモートアクセスを試みる。


自宅付近までのルートを脳内イメージからIoTアイオーティーで転送する。

カーナビにその情報が反映されるや否や、音声アナウンスが遅れて続く。



◆◇◆有料優先ルートの探索を開始します。



ここから首都高速入口まで約三キロ。渋滞はない。



「ゃん、ブラずれちゃった」不意に妹から声が漏れる。


「すまない、強く引っ張り過ぎた。抱き抱える時に結構胸に、触れてしまった」


私は正直に告白した。緊急時だからか、嘘を吐く余裕が無かった。


「ふふっ お兄ちゃんのエッチ。でもいいよ、お兄ちゃんだから許してあげる」


「ごめん」


私は妹の顔を見れなかった。

モゾモゾとなまめかしい動き。元の位置へカップを当て直しているようだ。


運転に集中する。


「助けてくれてありがとう」


妹からの熱い視線を右側から感じた。

感じたことのない焦燥感とあいまって、呼吸が上気じょうきしていく。


「それよりトイレは大丈夫なのか?」

「うん、アレは演出。お兄ちゃんが助けてくれるかなって思って、ふふふっ」

「冗談だろ?」


ここは一般道だ。速度に気をつけなくては。


「お兄ちゃん! 飛ばしすぎだよ! ぶつかっちゃう!」

「くっ」


はやる気持ちが右脚にこもる。

速度メーターが80に達している。明らかに速度オーバーだ。

前方の信号が赤に灯り、思わず舌打ちをする。


早く、早く……


苛立ちを隠せない。異常に長く感じる停車時間。



◆◇◆目的地の到着予想時刻ごろの天気は……、雨。



カーナビの無機質な音声が、心音しんおんをなだめるように響かせる。

どこか落ち着く。



時を見計らい、スマートアイズのステータススキャンでこの車両の特徴を割り出す。


【車体】

対戦闘耐用型軍用車両。特殊加工あり。

【エンジン】

VXタイプ。最高速度三百キロ。

【ガラス】

全面:特殊強化ガラス。

フロント:sXRスーパークロスリアリティ―仕様済。

フロント以外:スモーク仕様済ブラインド加工あり。

【その他】

常時ETCオンライン対応済。

リモート式自動運転切替可能。

リストラクチャリング機能搭載。


専門用語を視線で受け流しながら、これらの情報を瞳から割り出した時、

ふと背後から男の声が聞こえた。



「――よく使いこなしているじゃねーか、感心したぜ」



ビクッ!


――まさか、敵……!?



背後から男の間伸びした声。


思わずバックミラーを見遣る。

すると後部座席に中国人らしき男女二人が乗っていた。

ひび割れたリアガラスを背景にしているせいか、異質な像として彼らを結んだ。



いつの間に……。



私は一瞬息ができなくなった。

車が走り出してからドアは一切開いていない。

私たちが乗り込んだ時に既に乗車していたのか?


「安心して。私たちは敵じゃない。君たちを攻撃したりしないよ」

女は流暢りゅうちょうな日本語で答える。



攻撃しない? 味方なの?



「我が緋社R&Dの開発した瞳の使用感はどうだ? 人生観かわるだろう?」


Xiサイさん、Liリーさん、……ですか? 二人ともAI……、治験担当者……って何ですか?」

ミラー越しの姿を見てから瞳で彼らの素性を知る。


「ふふ、ステータススキャンで俺たちの情報を割り出したか、話が早いな」


私たちはただ黙して聞いていた。


信号が青になる。アクセルに力を込めるとXiは続けた。


「君たちの治験担当を任されているXiだ。隣がパートナーのLi。臨床研究の一環で君たちには、とある治験をこれから受けて頂く予定となっている」


Xiは滞りなく語り出すが、内容が日常の範疇はんちゅうを超えていて思考が追いつかない。



「治験……」



身の毛のよだつ響きが冷たい汗を呼ぶ。



「今回が初回の臨床試験となるのだが、その予定を君たちは自らの意志であらがった。本来なら、今後、十年ごとの経過観察を踏まえ、緋社の今後の社運を賭けた発展に貢献して頂きたいのだが……」


「抗ったというか、ただ捕まりたくなかったから逃げてきただけです! そんなのに参加する義理はありません!」


私は実直な思いを吐露とろする。


「まぁ、そう言うと思ったよ。それにしても、よくあの特殊部隊から逃げられたよな。あの状況下での一般人の生存率は0.01%以下だ。すこぶる尊敬するぜ」


「カッコイイよねぇ! まだ小さいのに運転なんかしちゃって、マセてるぅ!」


揶揄からかわないでください! それより、運転変わってくれませんか⁉ このままだと無免許運転で捕まってしまいます!」


「大丈夫! ホログラムでキミの姿と運転情報は外界からはマスクしてある。ブラインド仕様で見えない加工さ。それにリモートで自動運転に切り替えたからもうハンドルから手を離してもいいぜ」


「――本当ですか?」


にわかに信じがたかったが、言われた通りにしてみた。


ゆっくり両手を離してみる。


するとハンドルが自動的に動いてアクセル・ブレーキペダルの動きがそれに付随して適宜踏み込まれていく。


「自動運転できるなら早く教えてくださいよ! 左ハンドルやったことないんですから!」


自動運転可能である事実を瞳で割り出していたが、長引く緊張で忘れていた。

少し噛み付いてみて、相手の反応を伺う。


「たまにはガイシャもいいだろ」

「答えになってない!」


冗談も交えることができる、全くよく出来たAIだ。


半ば感心していると、私たちを乗せた車は首都高速へ入る。

ETCレーンを通過し、ストレスなく加速車線へ移ると心地よい加速度を背中で感じる。


治験……、何の研究だろうか。気にはなる。

しかし、それを知ったところで、考えなど変わるはずがない。

妹と家に帰るのだ。家族の元へと。


早くこの非日常から解放されたかった。

その思いで私は妹を見遣ると、不思議と目が合った。

妹は目線を少し外しながら照れくさそうに笑ってくれた。

そして手を重ね合わせて、お互いの体温を感じるように、帰途につく思いを温めた。


タタンタタン……タタンタタン……


道路の継ぎ目を過ぎる音が次第に短くなっていく。


わずかに眠気を誘う反復振動と微弱なノイズ。

それまで張り詰めていた心のとげをやさしく抜いて、

丸くするように包まれていくようだった。



視界は良好。

幸い、渋滞はしていない。


しかし、その安息は長くは続かなかった。

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