第2話 生存率 0.01% の脅威から脱出せよ

 駐車場から建物内部へと入るところで、一台の黒光りの外車が近くで停車した。

こちら側へ左側の運転席を向けている。

初老とおぼしき六十代男性がゆっくりと降りてきた。


専属の運転手だろうか。

恰幅のあるスーツに身を包んでおり、動きも緩やかに見えた。


入口付近に停車しているため、恐らく送迎目的でここへ停車したのだろう。

ちょうど私と車が妹を挟む配置となった。


すると、その男は運転席の左ドアを閉めると、徐にその場で携帯で通話を始めた。


その時、妹は何やら叫んで訴え出した。

猿ぐつわの状態でもよく聞こえるほどの渾身こんしんの声量で。


「トイレ‼ トイレ行きたい‼」

「な、なに!?」


はっきりと伝わったようだ。

担いでいる若汐ルオシーは視線を妹へとる。


「もうすぐだ、ガマンしなさい」

「おしっこ!! 漏れそう!!」

「チッ!」


私に背面を向いていたAIの若汐ルオシーが、妹を両足で立たせるように下ろす。


――その瞬間、千載一遇のチャンスが到来する。


私を掴んでいたAIの影人シャドゥの両腕が緩み掛けたのだ。



刹那、私は袖に忍ばせていた父親からの護身用アイテムを発動する。



――スマート電磁パルスナイフ……。



AI奇襲時に使う最終手段。

AIに襲われたら使うようにと、父親からの言葉を常日頃、骨肉に染み込ませていた。

まさか、このタイミングで使うことになるとは。


わずかに体勢を変え、影人シャドゥの本体背部へ刃を接触させる


バチッ……

瞬時に発生した電磁パルスでAIの動きが一時的に止まった。

同時に透明効果が消え、奴らの姿・形があらわになる。


まるで、時が止まったようだった。


影人シャドゥの拘束から逃れた私は、めまいを振り切るように目隠しと猿ぐつわを解くと、

すぐさまナイフの切っ先を前方の黒光りの外車へ向けて、柄のボタンを押す。


瞬間、柄から射出される刃先が十字の鉤爪型かぎづめがたに変形すると、

後部ドアノブにガッチリとロックされ、ピンとワイヤーが張られる。

それを素早く巻き戻す勢いで妹の方へ一直線に加速していく。


奪還を図る。


電磁パルスの有効範囲は半径十メートル。

前方を見遣みやれば妹を捕獲していた若汐ルオシーにも効果が及んでいた。


もって十秒。その間に妹を助けられるか。


「手を伸ばせ!」


私は叫んだ。

それと同時に、妹は目隠しを取った。


しかし、私が猛スピードで向かう状況に、困惑の色で妹は顔を引きらせる。

タイミングが合わず、私は妹の胸部を左腕で強引に巻き込むように抱き合わせ、若汐ルオシーから引き剥がした。


「キャッ!」

「お、おい!!」


動きが極度に鈍磨どんました二体のAI。

動かない胴体。


首だけがぎこちなくギリギリと回転させるように、こちらをにらみつけてくるような気がした。

怒りの憎悪に満ちた赤い視線。



勢いが収まらない。

車に激突する。


「ぐあっ‼」


激痛が走る。

私は身を盾にしてみたが、妹への衝撃は和らいだだろうか。


今は痛がっている時間など無い。


運転手もその状況に気づいたが、その反応は鈍かった。


当然無視する。


私は妹を背後から抱き寄せる格好で勢いよく運転席のドアを開け、

妹を助手席へと押し込んだ。


突き刺さっていた鉤爪は放置。

そのまま運転席へ身体を滑らせる。



「キミ! 待ちなさい!」



若汐ルオシーの無機質な叫び。

銃口をこちら側へ向ける。


もう復活したのか⁉ まだ五秒だぞ‼




――威嚇だ。


私は瞬時に悟る。



スマートアイズから敵が引き金を引く可能性を〇・五パーセント以下と既に割り出している。

人質を殺すようなことはしない。


世界的企業【緋社(ディープ・レッド)】での殺人事件で警察沙汰となれば、その地位と信頼は失墜するだろう。


しかし、早すぎる。

まだ十秒も経っていない。

もう少しもって欲しかったかな。



「私たちからは逃げられない!」



若汐ルオシーから発せられる威圧。



どうでもいい。



空気のように黙殺する。



私は思いっきりアクセルを踏み出すと、甲高いタイヤの摩擦音が鼓膜をつんざく。


妹は口元のかせを外すと思わず叫ぶ。


「お兄ちゃん!」

「ケガはないか?」


「う、腕と胸が痛い……」

「すまない、強く引っ張り過ぎた」


その時、目の前が真っ赤に染まった。

スマートアイズの【デンジャースキャン】がけたたましいアラーム音を脳内へ響かせる。

後方より銃器反応‼


同時に凄まじい発砲音。


―― 威嚇射撃か!?


「キャァァァァッ!!!」



思わず頭部を下げながら、両耳を押さえる妹。

銃弾が当たるたびに受ける、車体が傾くほどの衝撃。

狂いそうになる手元のハンドル。


リアガラスが銃弾を弾いている。

鈍い音が立て続けに響くと、次第に蜘蛛くもの巣状にひび割れてくる。

これによりバックミラーでの後方視認は皆無。


眼前を凝視し、階上出口を目指す。


右へ急ハンドル。


身体が遠心力でドア側へ押し付けられる。

この時、シートベルトをしていないことに気付いた。


「お兄ちゃん、運転できるの? てか、しちゃダメじゃない?」

「見様見真似だ。アクセルとブレーキの違いくらいわかる」


「えぇーっ!!!」



今はそんなのに構っている場合ではない。


銃撃は止んでいた。巻いただろうか。



何としてでも帰還してみせる! 妹を守ってみせる!



私は十三歳、妹は十二歳。



勿論、二人とも無免許だ。

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