アイカノ

刹那

Fate Ⅰ 悲劇 【兄視点】 (★・・性描写あり)

第1話 戦慄のまなざし



 声が出ない……。

 何も見えない……。


生きているのか、死んでいるのか、心の命が切り裂くように叫び上げる。

でも、確実に死に近づいていると、本能は恐怖に打ち震えていた。


「さあ、乗れ!」


透明な男はそう言った。


黒くドスの利いた、鉛のような重力を、心底しんていに深く植え付けるように。


感覚的に、車の後部座席に乗せられたと思う。

幸い、妹と隣り合わせであった。その両隣を男たちが挟む配置。

そんな気配を戦慄せんりつで刻みながら、車は滑り出した。


妹は怯えながらすすり泣いているように聞こえた。

目隠しと猿ぐつわによってそれらは助長され、くぐもったうめきに悲しみが零れていく。

恐怖におののき、全身が総毛立ち、胃がもちあがるような感覚さえ覚える。


右側の男から逃げるように伸ばしていく、さまよう私の左手。

身体の体勢を変えようとすると元の位置へ無理やり戻される。

しかし、抵抗した私の左手は、人間の衣服のようなものに触れることができた。

妹はビクッと驚いたように大きく反応した。

小刻みに震えていたが、やがてそれを返してくれた。


暗中に差し込める、一条の光を探すように。

声にならない叫びは、つながれた手によって前を向き始める。


一体、何が起きたのか、その数瞬さえ考える余地を残すことなく、妹と私はその場から拉致された。

それがわたしたちの運命の始まりだったのかもしれない。



――ドアの閉音から放たれる不気味な響きから地下駐車場らしき場所に降ろされた。


私の身体は宙に浮いた。肩に担がれて運ばれているのが平衡感覚からわかる。

頭部が男の背部あたりに届いているのを、歩調と頭部がぶつかるタイミングから感じ取っていた。


時折、少し目隠しが緩んで外の光が入ってきた。駐車場の路面の白色ペイントが断片的に見える。

男に担がれている状態で目を凝らすように見ると、眼前には自身の下半身が揺れて見えた。


男の姿が見えない。


宙に浮いて移動している?


私は不思議に思った。


自身の身体越しから、前方に妹が私と同じような格好で運ばれているのがわかった。

やはり、どこかの建物に入っている。ここは一体どこなんだ。


私はハッとした。


そうだ、今ならアレが使えるかもしれない。

恐怖でその存在を完全に失念していた。



――スマートアイズ……。



人類が開発した最先端の生体認識デバイス。

一言で言えば、一種のカラーコンタクトレンズに過ぎないが、数多くの機能が秘められている。


父親が友人から極秘で譲り受けた次世代型多機能カラコン。

いわば、守り神ともいえるその存在価値は値がつけられない。

勿論、非売品である。


幸い、両目とも装用していた。

身体の一部となり過ぎているせいもあり、気づくのに時間を要してしまった。


私は心中舌打ちしながら、透明な敵を視界に捕らえると、その機能の一つ【ステータススキャン】を発動する。

この機能は相手の像を視界に収めることで発揮できる。無論、透明でも機能する。

敵の素性を自身の脳内チップ・センサーとの連動イメージから、その情報を享受する。


【前方 若汐ルオシー 殺戮型多重人格ヒューマノイドAI タイプⅠ】

【後方 影人シャドゥ 緋影参謀ヒューマノイドAI】

【装備 銃器付じゅうきつきカメレオンウェアラブル(透明効果)】


こいつら、AIなのか。ヒューマノイドだからおそらく人型。

タイプⅠって何だ……? 

透明効果を発揮しているから姿が見えないのか。


――場所。ここの場所。


スマートアイズのIoTアイオーティー機能で【Google Earth】へアクセスし、現在地を割り出す。

緋社ひしゃR&D東京支社 地下二階】


スマートアイズを開発した一流企業、緋社(俗称ディープレッド)。

なぜ、ここに?


拉致された場所から八キロ。自宅からは十五キロの距離。

ルートがレッドラインで示され、ここまで首都高速を利用していたことが判明する。


一般道で追跡したところで、全体を俯瞰ふかんする。

万一、ここを脱出できた時のことを想定し、ルートを頭に叩き込む。


――帰れる。このルートなら。


そうこうしているうちに頭に血流がのぼり切ろうとしている。

強いめまいを覚える。


体勢を変えようにも、男の腕によって身体が固定されていて、身動きが難しい。

諦めるように再び前方に視線を向けると、目隠しの隙間から前方AIが立ち止まったように見えた。


担がれている妹の体勢が静止状態から反転する。

前方AIが身体の向きを変えて振り返り、私は見られているような感覚に襲われた。


――まさか、スマートアイズを使ったことがバレたのか?


「おい、このあたりでカラードタイプスマートアイズの反応があったが、間違いないか?」

「フッ…… まさか、こんなガキどもが持っているわけがねぇさ。持っているのはここの関係者だけだ」


「――それも、そうだな」


一笑に付すように歩を再開する。


心臓が早鐘を打つ。

私たちはこれから、どうなるのだろう。

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