俺の取り分は奪われない

浅賀ソルト

俺の取り分は奪われない

交通事故に遭ってこっちが一方的な被害者だとしても、相手が無免許無保険だと納得いく決着にならない——時間も金も損するだけで得られるものがまるで無い——という話はどこかで聞いたことがあると思う。

悪い奴が何も持っていないとそいつから取り立てることができない。

落ち度がなくても、悪いことをしていなくても、ひどい目に遭うのが世の中だ。不幸というのは原因があって結果があるわけではない。運が悪いと不幸な目に遭うのだ。

俺は地元スーパーの経理担当だった。

経理というのは金の出し入れのことで、スーパーだと扱っている商品がたくさんあるので非常にややこしい。

入るお金は当然売上のことだ。出ていくお金として商品の仕入れがある。あと従業員の給料もある。この給料には俺の分も含まれる。お金を払って商品を仕入れ、お金を受け取ってその商品を客に渡す。それだけのことだがそれぞれをきちんと管理して決まった日に決まった金額を動かさなくてはいけない。

電気ガス水道といった光熱費もかかる。スーパーの裏では調理もしている。それらの道具は消耗品なので交換していかなくてはいけない。棚もカゴも永久には使えない。レジだって冷蔵庫や冷凍庫だって定期的に交換している。すべてに金がかかり、それを記録して形にしていく。床を拭くにもカートの汚れを落とすにも金がかかる。

経理担当というのは管理や記録が仕事なので、それで給料を貰っている。スーパーの商売が赤字でも黒字でもそこは俺の仕事とは関係がない。売上がよくても給料は上がらない。俺の仕事は数字が正確であることだ。正確でも給料が上がらないのはあまり納得いかないところだが、不正確だと絶対に責められる。下手をすると給料が下がる。まあ、実際にはミスがあっても下がるということはなくて、上がらないという話になりがちだ。

君、ミスがあったね。給料は据え置きね。

そういうことになる。そんな風に何年経っても据え置きのままだ。ミスをすると責められるのに正確でも誰も褒めてはくれない。同じ給料で同じ仕事をすることが当たり前だと思われている。こんなご時世だとどんなに正確でも据え置きは据え置きだ。

経営としては出費をわざわざ増やす必要はない。それは分かる。現状維持で何の問題もないならそれは何の問題もないのだ。商品の仕入れ値が日々変動しているのに毎日毎週決まった計算をする経理担当の給料が変動されたらたまらない。

経理担当をしていると給料が上がる理由がないよなとしみじみ思う。経理担当者の給料を上げたから売上が伸びるわけじゃない。人件費という出費が増えるだけだ。スーパーとしてはそこの出費はなんとしても低く低く、なるべく低空飛行でいきたいところなんだろう。

牛乳や野菜のように毎日仕入れがあるものものあれば、壁の塗り替えや店内のリニューアルなど何年に一度という大きな出費もある。そういうのは日々の売上の中から残しておいていざというときに使う用にと取っておく。

もちろん俺は経理担当なので、毎月の売上の中からそういう経費を別の口座に移しておく。そしてそれを記録に残し、スーパー全体でいざというときの蓄えが増えていくのを見守っている。いざ使うというときには申請の書類が来るので、内容を確認し、そのお金を申請相手に渡す。

つまり俺が自由にできる金ということだ。他の誰もそこにいくら残っていて、いくら使われたかを把握していない。俺に任せっぱなしだからだ。

こういうのは一人に任せると必ず横領が発生する。定期的に第三者がチェックする必要がある。

会社はその手間と経費を惜しんだ。惜しんではいけない経費だ。

防ごうと思えば防げたはずだ。しかし、現状維持で何も問題ないと判断して会社は何もしなかった。なぜ何もしなかったのか、俺は不思議でしょうがない。

10万を移してもバレなかった。100万を移してもバレなかった。1000万は桁が違うのでさすがに無理だった。無理というのは勇気の問題で、やろうと思えばできたはずだ。さすがに預金の桁が減るインパクトがすごいのでできなかった。120万、150万と刻んで増やしていった。毎月それだけの金額を移すので年間だと結局普通に1000万が減るのだけど、毎月の定額のお金の移動は経費のように見えるので自分でも普通の出納のような気がしていた。

それだけのお金をどうしたかというと、資産運用に回した。

別に増やして会社に戻そうとか考えていたわけではない。これは俺の立場での正当な取り分であるし、運用で増やすのも自分の正当な老後資金だ。

どっちにしろ返せと言われても返せるものではない。俺に運用の才能はなかったからだ。金は簡単に融けた。

損失を埋める金は簡単に手に入ったので危機感がなかった。今思うとそれがよくなかったのかもしれない。あぶく銭は失うときの喪失感がない。増えたらいいなと思ったけど、増えなくてもいいやというノリでは勝負には勝てない。

老後資金はまだスーパーの口座の方にたくさんあるので気にする必要もない。

運用は確実性がないので飽きてしまった。

俺はガチャの方につぎこんだ。ガチャは引けば確実に自分が強くなるし、ランキングも上がる。金を使うという実感があった。

そしてここが傑作なところなんだけど、こんなに強いアカウントなのに、会社の方はこのアカウントを返せとは言わなかった。

俺はこれしか持ってないのにね。今でもこのアカウントは俺のもののままだ。

どうやってバレたかって? 簡単な話だ。

何年も放置していたのに、急に調査をしたのだ。お金が普通に消えていってるという指摘があり、そこで俺が疑われた。経理担当だから俺しか犯人はいない。

ちゃんと調査をしなかったのが悪い。

これは会社の落ち度で、交通事故の話とは全然違う。

それに、交通事故の話だと、ぶつかった加害者側も得はしていない。怪我はしているし、事故を起こしたのは運の悪さだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の取り分は奪われない 浅賀ソルト @asaga-salt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ