第8話 なにしてくれてんだ、このオッサン

「よっと!」


 降り立ったのは王都から少し離れた森。

 最初は王都にそのまま降りるつもりだったが、よくよく考えたら街のど真ん中に人が降りてきたら大騒ぎ間違いなし。

 最悪、逮捕されかねない為、多少手間でも人目につかない森に一旦降りる事にした。

 ここから王都まではおよそ一時間ぐらいの距離。  

 見られないよう細心の注意を払って高速ダッシュで行けば、十分くらいで行ける筈。

 早速出発しよう。

 

 ガサッ。


「おん?」


「……しゃあ?」


 背後の藪からなんか出てきた。

 なんだこいつ、蛇か?

 全長五メートルは下らないくそでっけえ茶色の蛇が、俺を値踏みしている。

 余程お腹がすいてるのかな。

 めっちゃ目が血走ってるわ。

 これはあれか。

 また俺の魔物フェロモンが、食欲を誘発したのか。

 

「どうどう、落ち着け。 俺は王都に行きたいだけなんだ、ここは穏便に済ませようぜ兄弟。 お互いの為にさ。 おっけー?」


「……シャアアアアッ!」


「はいはい、おっけーおっけー。 取引は不成立ね。 なら……」


 言いながら、俺は腰に差したブロードソードの柄を握り、そして、


「俺に出会った不運を恨むんだな! 戦闘技能オーバルアーツ、瞬華終刀!」


 振り抜いた刹那。

 襲いかかってきた蛇は、音速を越える居合斬りによって頭を切り落とされ、瞬く間に命を刈り取られた。


「フッ、もう一度人生……いや、蛇生をやり直してくるんだな、力量差も推し量れないクソザコくん」


 ゴロッ。


「ん……? なんか吐きやがったぞ、こいつ」


 吐いたというか、断面から出てきたって感じだけど。

 

「なんだこれ……宝石かなんかか?」


 蛇の胴体から転がり落ちた謎の物体を拾い、俺オリジナルの洗水魔法で血を落とすと、なにやら怪しい輝きを放つ玉になった。

 どことなくレアアイテムっぽい。


「ふむ……折角だし貰っとくか。 金になるかもしんないし」


 と、謎の玉を一旦アイテムボックスなる異空間に収納し、俺は改めて王都に向けて歩きだした。


「ふんふふんふふん、ふふんふ、ふんふふんふふーん」


 誰かに見られていたとは露程も思わず、呑気に鼻唄を歌いながら。


「今のは……」







 いよいよ王都に突入だ!

 気合い入れていくぞ!  

 おーっ、と意気込んだのも束の間。

 問題が発生した。

 今までなに苦労せず生活してきた影響か、はたまた日本では遭遇しなかった故か、俺はすっかり失念していた。


「君、どこから来たんだい? お父さんやお母さんは? 一人で出歩いちゃいけないじゃないか」


「名前と住所を言いなさい。 手の空いている者に送らせるから」


 検問があることを。

 

「あの、僕……」


 どうしよう。

 どんな言い訳をすれば良いんだ。

 正直に言うわけにもいかないし、うーん。

 ……ハッ!


「うん? なんだい?」


「僕……お母さんとお父さん居ないんだ。 小さい頃に二人とも死んじゃって」


 ごめん、父さん、母さん。

 親不孝な息子を許しておくれ。


「そう……だったのか……」


「ごめんね、悪いこと聞いちゃって」


「ううん、大丈夫。 もう昔の事だから」


 よし、十分同情を引けたな。

 なら後は……。


「あのね、僕ね。 魔物を倒して剥いだ素材を売ってお金に換えてるんだ。 ほら見て」


 これ見よがしに開いたアイテムボックスから、魔物の部位を取り出し、満面の笑みで兵士に見せる。


「リザードマンのしっぽだよ。 これ高く売れるんだー」


「「!?」」


 計算通り度肝を抜かれている。

 この感触、もう一押しってとこか。


「へ、へぇ……君みたいな子供がリザードマンを……」


「大したもんだなぁ。 おじさんでも苦労する相手を一人で……」


「そんな事ないよぉ。 でもありがと、おじさん! えへへ」


 くらえ、純度百パーセントのショタ笑顔を。

 堪えられまい。


「なあ、この子は通して大丈夫なんじゃないか? どう見ても、悪い子には見えないしよ」


「だな。 よし坊主、通りな」


「ありがとー! おじさん、大好き!」


 更に渾身の足元への抱きつき。

 これで落ちないやつは居ない。


「……坊主、なんかあったら俺に言いな。 おじさんがなんでもやってやる、遠慮しなくて良いぞ。 こう見えておじさん、結構稼いでるからよ」


「俺も俺も! 俺にも頼ってくれよな、少年!」


 釣れた釣れた、爆釣りだ。

 

「うん! 何かあったらおじさん達を呼ぶね! ばいばーい!」


「またな、坊主! 仕事頑張れよ!」


「じゃーなー」


 ……フッ。

 



 とりあえず、第一関門はクリア。

 とはいえ、次はこんな簡単にはいかないかもしれないし、どこかで身分証みたいなの作っておかないと。

 にしても、流石は王都だな。

 どこを見ても建物だらけ。

 レンガ造りの家に、白磁みたいに真っ白な石壁のお店。

 お洒落な木造の建物と彩りみどりだ。

 一番奥に見えるあの大きい建物がお城かな。

 一度で良いから行ってみたい。

 ……って、いかんいかん。 

 ギルドに行くんだった。

 

「えっと……」


 地図によるとどうやらギルドは噴水広場の脇にあるらしい。

 まずは噴水広場を目指してみるか。


「噴水広場はこのまま真っ直ぐか。 よーし、行ってみよーっと」


 沢山の人。

 聞き取れない程の会話で埋め尽くされる芸術品のような街道を、見渡しながらゆっくり歩いていく。

 その道中、妙な話が耳に入ってきた。


「ねえねえ。 聞いた、あの噂?」


「あの噂? ああー、帝国がまたちょっかいかけてきてるっていう、あの噂?」


「そうそう、それそれ。 怖いわよねぇ、戦争にならなきゃ良いけど……」


 帝国と戦争、ねえ。

 テンプレだなぁ。

 

「でも一番可哀想なのは、ヴェルエスタ嶺の人達よねー」


 え……?


「なにしろアルテン連峰の向こうが帝国嶺だものねえ。 もし国内に密偵が入り込んだら全部ヴェルエスタ伯のせいになるんでしょ?」


「むしろそれを狙ってたりして、お偉いさんは」


「あり得るー」


 ……………。

 これは覚えておいた方が良いかもしれない。

 後々役に立ちそうな情報だ。

 敵は国内、国外の両方。

 魔物だけでも頭痛いのに勘弁してほしいぜ、まったく。  

 魔物といえば……。


「そういえば、仕事ちゃんとやってんのかな、あいつ。 連絡してみるか」

 

 テレパシーをオンにして……。


『リル。 リル、聞こえてるか? ……リル?』


 どうしたんだ、リルのやつ。

 返事しないな。

 というかこれもしかして、王都とヴェルエスタ嶺の距離が遠すぎて会話可能な距離が足りないんじゃ。  

 なら折角だ、前々から準備しておいたあれを試してみるか。


遠距離念話テレフォン、起動。 よし、これで行けるはず。 ……リル」


『わふっ!? これはこれは主殿! 驚きましたぞ、王都に行ったと小娘から聞きましたのでしばらくはお話できないものかと。 もうこちらにお戻りになられているのですかな?』


『いや、今も王都だよ』


『ではどのようにテレパシーを……テレパシーの能力では王都まで届かない筈ですが……』


 やはりそうか。

 思った通りだ。


『それについては今度説明するよ』


 説明したところで使えないだろうけど。


『ところで、魔物退治は進んだ?』


『朝方、主殿から任せていただいた魔物は半数を始末しました。 昼過ぎには全て討伐出来るかと』


『流石はリル、仕事が早い。 その調子で頼む。 ああそれと、夕方には帰る予定だからシンシアにそう伝えといてくれるか?』


『承知しました』


 リルの返事を耳にするなり、俺はテレフォンをオフにした。

 こちらからしか繋げられないが、これはなかなか有能は魔法だな。

 今後使う場面も増えるかもだし、魔法式を忘れないようにしなければ。

 そうこうしていると、どうやら着いたようだ。

 噴水広場に。

 

「おっ、ここが噴水広場か。 なかなか良い場所だな。 俺が領主になった暁には、あの広場に噴水を設置してみるか」


 と、当面の課題が何も片付いていないのにも関わらず、安穏と未来に夢を馳せていたら、ふと視界の端に木造建築の市役所みたいな建物が目に入った。

 看板には「ノルスガルド共和国冒険者ギルド本部」と彫られている。


「あそこか」


 本来の目的地を発見した俺は、足早にギルドの扉を開いた。


「お姉さーん、魔物素材の買い取りお願ーい」


「はーい」


「こっちは依頼受注の手続きを頼む」


「少々お待ちください」


 おお……こりゃ凄い。

 人がところ狭しとひしめいている。

 これがギルドか。

 少年心が止まらねえ。


「あれ? あの子どうしたんだろ、迷子かな。 せんぱーい、子供が入口でキョロキョロしてるんすけどー」


「あっ、ホントだ。 ちょっと行ってくるわね」


「ういーっす」


「トマちゃん、言葉遣い」


「へへっ、さーせーん」


 ギャルみたいな容姿の店員エルフに注意を促した、いかにも真面目そうな眼鏡エルフがこっちに駆け寄ってくると、目線を合わす為前屈みになった。

 OLスーツ似の衣服からチラ見えしている谷間がすこぶるエロい。


「君、どうしたの? もしかして何か依頼?」


「いや、そうじゃないよ。 冒険者登録しようかと思って」


「冒険者、登録? 君が?」


 おっと疑われてますね、これは。

 

「俺みたいな子供がやろうとするのおかしい? 十歳から登録出来るんだよね、ギルドの規律では」


「うん、そうだけど……じゃあ本当に登録を?」


 しつこいぞ、おばさん。


「だからそうだって言ってるじゃん」  


「あはは、そっかぁ。 じゃあこっちに来て貰える? 色々手続きが必要だから」


 そう言われて案内された俺は、まず書類を書かされた。

 なんでも登録には個人情報の記載が必要らしく、絶対記入しないといけないんだと。

 

「うーん」


 年齢はともかく、名前と住所はそのまま書くわけにもいかないし、どうするか。


「……まあいっか、適当で。 さらさらさらーっと。 ほい、お姉さん。 書けたよ」


「はい。 確認するから少し待ってね。 えっと……名前はカズトヒノミヤ。 住所は……不定? ねえカズトくん、この住所不定って? 家は無いの?」


「無いよ。 独り身だからね。 今は宿屋か野宿」


「そっか」


 納得するとお姉さんは書類に筆を走らせる。

 

「よし、これで申請は終わり。 後は魔力測定ね。 トマちゃん、水晶持ってきて」


 ……なんだって?

 待て待て待て待て、それはまずい。  

 こんなアホみたいな量と質の魔力を調べられたら騒ぎになるのは確実。

 なんとか回避できないものか。


「あのー、お姉さん? 俺魔力少ないから、やらなくても……」


「お待たせっすー。 ほい、どーん」


 来ちゃった。


「一応規律だからね。 ほら、手をかざしてみて」


「う……」


 もう逃げられない。

 観念するしかないか。


「はい、そのまま動かないでねー」


「んじゃ、測定するから魔力流してー。 少しでいいっすよ」


 ええい、ままよ!


「ふん!」


「おお……これはなかなか凄い魔力っすね、先輩。 20……50……100…………もしかしてこの子、大魔法使いクラスなんじゃ!」


「待って、まだ上がってるわ! 200……220…………嘘、250!? まだ止まらないの? これ、いつになったら…………きゃっ!」


 パリン。

 

「……は?」


 ちょ、マジかよ。

 割れちゃったぞ。


「え……えええええ!? 水晶が割れた!? こんなの前代未聞なんっすけど!」


「おいおい、冗談だろ。 あの小僧、ナニモンだ? 聖女様だってあそこまでの魔力は……」


「いやいや、流石にありえねえだろ。 不良品だったんじゃね? じゃねえと説明つかねえだろ」


「だよな……そうだよな」


 思いの外、なんか良い方向に。 

 良いぞ、このまま勘違いしたまま次へ……。

 

「トマちゃん」


「うっす」


 なに頷きあってんだ、あの二人。

 嫌な予感しかしないんだけど。


「カズトちゃん、悪いんだけど君には追加でもう二つほど試験受けて貰うわね。 ごめんね」


「へ?」


「ギルドマスター、この子っす。 この子がさっき言った男の子っすよ」


 トマちゃんさんに誘導され、サングラスをかけたオッサンが現れた。


「ほう、この小僧が……面白い」


 オッサンは俺の顔を覗き込むと、俺の手首に妙な腕輪を……はめやがった。


「……なにこれ」


「それは魔法を使用した際、強制的に最高出力にする魔具だ」


 おい、このオッサンなんつーもんを嵌めてくれてんだ。


「何勝手な事してんの!? 外して欲しいんですけど! 今すぐ外して! はーずーせー!」


「その腕輪は私の許可無しでは外れん。

そして、貴様の魔法を見ない限り外すつもりはない」


「は……はぁ!?」


 イカれてんのか、こいつ!


「よって貴様には、全力の魔法を見せて貰おう。 向こうの部屋でな」


 オッサンが指差した隣の部屋には、プレートが一枚飾られている。  

 そのプレートにはこう書かれていた。

 特別試験場、と。

 

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