異世界勇者を曇らせたい

浅芽 真優

異世界勇者を曇らせたい


 俺の名前は加籠勇翔。三日前、こんなニュースがあったはずだ。


 突如として建設中だったビルが崩壊、ビルからでた轟音と瓦礫は一瞬にしてそこにいた3人の学生を飲み込み、死へと誘った……と。


 え?なんで推定かって?それは俺が巻き込まれた一人だからだ。

 だから瓦礫に押しつぶされた後のことなんて知らないん……え?なんでしゃべれているかって?

 フッフッフ……それは俺がまさかの異世界へと召喚されたからだよ!

 しかも召喚した神官バニンシュが言うには俺に与えられた加護は勇者と言うじゃないか!夢にまで見た特殊能力!それも勇者!

 この召喚された世界の言葉が分かったのも、勇者とその仲間に与えられる加護の一つらしい。


 勇者とその一行…そう、俺以外にも召喚されたやつが二人いる。

 三日前の事件に巻き込まれた人間が選ばれたのだ。


 一人目は佐倉水蓮、俺の幼なじみだ。

 俺は彼女と登校中に事故に巻き込まれたんだ。

 俺と同じくして召喚された彼女は賢者という加護を与えられ、火・水・風・土の初級から上級の攻撃魔術を本来詠唱が必要なところ、名前さえ言えば使うことが出来るらしい。

 しかも、威力は数十年修行した魔術師並という。

 かっこいいなー。

 火魔術とか憧れるし勇者の俺も練習すれば使えるらしいし、いずれかは身につけておきたい。


 もう一人の召喚者は赤の他人だ。確か名前は――


 教団本部のバルコニーで天を見上げながら物思いにふける勇者。

 それを柱の陰から覗く怪しげな者がいた。


 彼の名前はバニンシュ・ザック、異世界から勇者とその仲間を召喚した張本人であり、アヴァロ教の最高神官である。


 アヴァロ教は四千年前に起こった人竜大戦において邪神と戦い、人と付く種族達を勝利へと導いた存在である龍神アヴァロームを信仰する宗教だ。


 彼にはとある思惑があった。



 ---バニンシュ視点---



 異世界から勇者を召喚し、神官としての力を誇示できたものの……少々勇者は扱いにくいな……。


 アヴァロ教には人竜大戦終戦時にされた預言がある。


 今から約四千年の時を経て、かの邪神は深淵より再び甦り、世界を滅びへ誘う。世界の存続を求めるならば、異世界より龍神の加護を受けた勇者とその仲間を召喚し、我らで勇者を導くのだ――と。


 邪神復活の兆候と見られる事件も発生し、アヴァロ教はその預言の時が近づいたと考え、異世界から勇者とその仲間の召喚し、預言の年までに育成することに決めたのだ。


 しかし、誤算があった。


 勇者とその仲間は合わせて三人しか召喚されず、当の勇者も少々我の強い者が召喚されてしまったのだ。

 その上、召喚された内の一人である僧侶雨宮愛凪は一般の回復魔術士以下の力しか無かった。


 表向きには世界を救うために召喚したが、裏向きには使い勝手の良い手駒を得るつもりでいたアヴァロ教の重役達は焦っていた。


 そのため最高神官であり、この勇者育成プロジェクトの最高責任者であるバニンシュは頭を悩ませていたのだ。


 選択肢を間違えれば糾弾され、この地位を失う可能性もある……何とかして勇者を従順な駒に出来ないか……あと、経費削減や情報漏洩の危険性を考慮して役立たずの僧侶は早々に始末しておきたい……良い方法はないものか……。


 二日後彼は勇者を全体的な技術の育成という名目で教団騎士を付け、冒険者として旅立たせた。

 旅の真の目的は、勇者の育成と手駒化、僧侶の排除、暗躍計画を練るための時間稼ぎ、優秀な人材のスカウトである。


 旅立つ勇者一行を見送ると、バニンシュは暗躍計画を練るために教団本部の闇へと消えていった。


 ---


 教団本部から出発し、冒険者として旅を始めてから二年が経った。

 技術は向上し、協力者もそれなりに集まった。

 必要な技術は教団騎士であるテリンさんにあらかた教わり、今は仲間集めと技術の研鑽途中だ。


 テリンさんは金色の髪が特徴的な美しい人だ。正直に言おう。

 俺は彼女に恋している。

 だからこそ頑張っている姿を見せるため今日も依頼を迅速にこなす。


 ---


 今いる街での名声もかなり高まったことで次の街へと移動することになった。

 次に行くイマジェル王国の都市アークスには自由国家フォルトゥナのヴァルスで起こった土竜によるスタンピードをたった一人で納めたという"百竜殺しの英雄"ルーカス・シャラスティアが住んでいる。


 そんな英雄を仲間にすることが出来れば教団にとっては大きな利益となり、テリンさんも喜んでくれるに違いない。


 そして、少々自意識過剰な勇者は仲間を率いて英雄の元へと歩みを進めた。


 ---


 アークスに向かい始めてから一ヶ月、今俺たち勇者パーティーはアークスの王立闘技場に立っている。


 対戦相手は"百竜殺しの英雄"ルーカス・シャラスティアだ。


 彼は綺麗な紺色の髪と白色と黒色のローブをはためかせ、整った顔の蒼い目は俺のことを見つめている。


 事の発端は一週間前、冒険者ギルドで雑用係にルーカス・シャラスティアを呼ばせ、現れた彼に協力者になるように頼んだところ、彼はこちらに決闘を申し込んでいた。


 こちらが賭けるのは雑用係……僧侶の加護を受けながらも無能の雨宮愛凪で、彼が賭けるのは自分自身だ。


 正直なところ、こちらのマイナスは少ないし、そもそも異世界から来た勇者にこの世界の人間が勝てるはずがない……。この勝負は言うなれば消化試合だ。

 さらに決闘に人数制限はないことから、こちらは俺と水蓮とテリンさんで挑む。負けるはずがない。

 俺は選ばれた人間でこの世界の救世主、彼もこの戦いで俺の評価を改め、協力者になるだろう。


 今回決闘まで時間が空いたのは観客を集めるためだ。


 勇者一行と英雄の決闘という一大イベントに他の都市や国からも大勢が観戦に来てギャンブルまで行われている。

 ギャンブルのオッズでも俺が一倍で彼は七倍と圧勝だ。

 彼は杖と剣を使う珍しい戦い方をするらしいがこちらもその道を極めた者達だ。まぁ大丈夫だろう。


 勇者が優越感に浸っている中、決闘の開始を告げるゴングが鳴り響いた。


 ---


 決闘が始まって五分ほど経過したが一度も彼に攻撃が当たっていない

 それどころかルーカスは完全に手を抜いている。

 観覧席からは俺達を非難する声も聞こえてくる。


 何としてもこいつを協力者にしてテリンさんを振り向かしたい……認められたい!


 どんな手を使ってでも……奴を倒す!


 俺は観覧席にいる奴の妻二人に剣を向ける。

 情報によると奴はかなりの家族思いで、人質に取れば奴の同様と注意を引ける!


「ルーカス!こっちを見ろ!」


 こちらを見たルーカスの動きが止まった。


「やれ!水蓮!テリン!」


 その瞬間、水蓮の極級水魔術である極氷槍グラシアールランスとテリンの上級剣術の飛竜斬りヴァルスラッシュが放たれた。


 特大の氷の槍と高速で飛ばされた斬撃は奴に直撃した。


「やりすぎたか……?」


 二人とも技力の差を感じてしまったからか、どちらも自身が持つ最高火力の技を放ってしまった。

 生きていなければ決闘の報酬がなくなって――


 そんな考えはすぐに捨てさせられた。

 奴は……ルーカス・シャラスティアは無傷で水蓮の後ろにいたのだ。


「水蓮!」


「えっ!?……ッッッヒギッ」


 ルーカスは剣で水蓮の首を打った後、綺麗な動きで壁まで蹴り飛ばした。


「安心しろ峰打ちだ。」


 ルーカスはそう言いながら剣を構えた。

 刀身は透明で日の光を浴びて七色に光っている、まるで夢を見ているような気がした。

 悪夢だがな。


「貴様ぁ!」


 テリンが叫びながらルーカスへと斬りかかったが、無詠唱で放たれた中級土魔術である地縛グランドバインドによって拘束され先ほどのように蹴りで壁まで飛ばされた。


 そのテリンの姿を見て抑えてきた気持ちが溢れてきた。


「ルーカス・シャラスティア!何なんだお前は!俺が選ばれたはずなのに!なぜお前に負けなければいけない!」


 俺の出せる最速で斬りかかった。

 しかし、当たっても奴の体には傷すらついていない。


「"さん"を付けろよデコ助やろう!」


 嫌みったらしい言い方と台詞に違和感を覚え、頭上を見ると前髪がなくなっていることに気がついた。

 怒りのままルーカスの顔を睨んだ瞬間、俺の意識は闇へと消えた。


 ---


 あの決闘から二年が経った。

 あれから俺たちの勢いは急激に減速した。

 依頼の成功率も下がり、協力者も少なくなっていった。

 積み上げた功績、僧侶、プライド……全てを失ったのだ。


 そんな勇者一行の暗黒時代、良いことがなかった訳ではない。

 テリンとの恋が実ったのだ。


 こんな暗黒時代でもテリンがいてくれれば何でも乗り越えれるんじゃないかと思わせてくれるほどの希望をもらった。


 これからさらに時間をかけて勇者として前に進んでいこう、そう思っていた時期だった、テリンが誘拐されたのは――


 ---


 誘拐した犯人は分かっている。

 二年前くらいに現れた闇組織、多種族犯罪組織ディネイトだ。


 奴らは取引の場所を指定してきた。


 おそらく俺のことをよく思わない他宗教のものからの依頼だろう、人質につられた俺を袋だたきということだ。


 それでも俺は行かなくちゃいけない。水蓮の制止を振り切って、俺は一人で指定された場所へと向かった。


 ---


 二日間、馬を休みなしで走らせ、目的地へと到着した。


 俺の前に出されたのは剣を持ち俺を睨むテリンであった。


「この術を解くには俺を殺すしかない。せいぜい楽しましてくれよ。」


 見るからに粗暴な男とその下っ端がテリンとともに仕掛けてきた。

 奴の話から推測するに、テリンには洗脳の類いがかかっているということだろう。


「くっ!」


 雑魚は片付けたが、男の方への決定打を放とうとするたびテリンが前へ出てくる。

 これでは洗脳を解くことが出来ない。

 一体どうすれば……。


 防戦一方になっているとき、大地がテリンを拘束した。


 これは……!


 水蓮が俺を助けに来てくれたのだ。


「勇翔!遅れてごめん!テリン姉さんのために私も戦う!」


 彼女はテリンのことを姉のように慕っていた。

 俺が来てしまったことで、感情を抑えきれず追いかけてきたのだろう。


 でも、これで二対二だ!


 それに今テリンは拘束されている、チャンス!


「勇翔!決めて!」


 言われなくても分かってる。


救世の一撃セイヴィレイク!」


 俺の聖剣から放たれた一撃は男の強靱な肉体を突き破った。

 男は地面を転がり力なく倒れている。


「姉さん!」


 水蓮が急いでテリンの元へと駆け寄っていった。

 地縛を解きテリンを解放する。

 全てが解決、味方に犠牲を出さずに勝つことが出来た。

 そう思った瞬間だった。


 テリンは水蓮の首へ剣を放った。


「え?」


 水蓮の顔は唖然としていた。


 唖然とした表情のまま、彼女の頭は綺麗な黒髪とともに地面へと落ち、体は支えを失ったかのように血をまき散らしながら崩れ落ちた。


 ジワジワと広がる血溜まりを見ながら、加籠勇翔は完全に思考が停止していた。


 その間に水蓮を殺したテリンは闇へと姿を消した。


 テリンが消えると先ほど殺した男の姿が変化する。


 その姿はとても見覚えのあるものだった。


 四年間毎日のように目で追っていた金髪の美しい女性、教団騎士テリンの姿になったのだ。


 テリンの腹には救世の一撃によって風穴が開けられていた。


「……え?」


 反射的に目を反らしてしまった。


 自分が手をかけた男がテリン?


 夢じゃないのか?


 じゃあ……俺は……?


 再び目を向けると、既に息絶えているテリンの目が俺を見つめてくる。


「っ……えぇっえぁああっあああ!!うそだぁあああ!」


 気付いた瞬間視界が真っ黒になり天を裂くような叫び声がでた。


 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?


「なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」


 世界を救おうと息巻いた少年の叫び声は、遠く離れた街まで届くほどであった。


 ---


「勇者様!増援に参りました!」


 教団騎士の一団が到着したときそこには勇者という希望の存在ではなく、絶望を経験し、目に生気の無い少年がいた。


 ---バニンシュ視点---


 今回の勇者の遠征では想定外のことが二つ起こった。



 一つ目は龍神アヴァローム様の居場所の発見である。


 勇者が遠征に出てから1年後、古代の文献の解読によってアヴァローム様は現在、聖地となり立ち入り禁止区域となっている神大陸にある迷宮迷宮ダンジョンの最深部で邪神の力によって封印されているというのだ。


 教団はすぐさま迷宮攻略パーティーとして隠密部隊を送り、アヴァローム様の発見と封印の解除を目論んだが、結果的には隠密部隊は壊滅、二五五階層中、五階層にすら到達することすらかなわなかった。


 よって教団はさらに優れ、雑用も可能な組織を結成した。


 隠密部隊ディネイトである。


 かなりの実力者を揃えており、メンバーが三十人を超えたら再び迷宮へと赴かせる予定であった。

 だが、勇者が敗北し僧侶がパーティーから抜けたというニュースが飛び込んできた。

 それにより計画は変更、ディネイトは他種族犯罪組織の皮を被り、勇者の妨害を行いより、勇者を失意の底へと追いやり、そこをテリンの色仕掛けで傀儡にするというものになった。


 しかし、そこで二つ目の想定外の出来事が起こった。


 テリンの反発である。


 教団騎士であるテリンには当初から、勇者一行の育成と勇者の恋人又は愛人となり、勇者を傀儡にするという役割を与えていた。


 しかし、旅を共にしたことで、本当に勇者に対して恋愛感情が出来てしまったらしい。

 そのため、恋人になりながらも教団の指示を聞かず、勇者を傀儡にすることはなかった。

 テリンは教団に同行を報告することがなくなり教団もディネイトを使っての妨害が困難になった。


 幸いにも、テリンが勇者一行と逃走を始める前に、旅で集めた仲間を教団本部へと招集し、あちらの駒をテリン、勇者、賢者の三人にすることに成功した。


 テリンは上手く立ち回っていた。


 しかし、つい先日、勇者一行をディネイトが捕捉した。


 テリンが仲間と離れたところで誘拐、ディネイトメンバー欺瞞のホーミラの能力によってテリンを悪漢の姿へ偽装し、ホーミラはテリンの姿へと偽装した。


 さらに、同じくディネイトメンバーである教唆のサデュリアによってテリンに催眠を掛け、勇者と戦うように仕向けた。


 ディネイトを使い勇者を絶望の底へと追いやることに成功。

 賢者も殺害してしまったらしいが、優秀な魔術師ならいくらでもきくし、反乱因子になる可能性がある者はできるだけ摘んでおく方が良いだろう。


 絶望した者を操るというのはとても容易で、ほんの少しの希望を見せるだけで食い付き、指示をきく傀儡となるのだ。



 ---



 一週間後


 勇者が私を訪ねてきた。


「アヴァロームが死人を蘇らせることが出来るっていう噂は本当か?」


 開口一番、敬語を一切使わず質問してきた。

 私は無礼な態度に不満そうな顔をした教団騎士を手で制止しながら話し始めた。


「一体どこからそのような情報を?」


 私が流した噂だがとぼけた口調で質問を返す。


「質問しているのは俺だ!」


 よっぽど追い込まれているようで何よりだ。


「えぇ。アヴァローム様なら死人も蘇らせることも可能だと伝えられております。」

「アヴァロームにが封印されているっていう場所はどこだ!」

「神大陸の迷宮の奥深くでございます。攻略難易度が高く我々も手を焼いております。」

「そこに俺を連れて行け。アヴァロームの封印を解いてやるよ。」


 本当に思ったとおりに動いてくれるなこの勇者は。


「分かりました。では、教団騎士の中でも選りすぐりの者達をお供させましょう。」

「ありがとう……ございます。」

「いえいえ。こちらにとってもアヴァローム様の復活の手助けをしていただけるなら支援を惜しむ必要はありません。」


 ぎこちなく感謝をしながら部屋を去る勇者を慈愛の笑みで見送る。


 アヴァローム様が復活すれば我らが教団の権威はより高められる。

 勇者には頑張ってもらわなければな。


 勇者が去ってから頃合いをみて部屋に隠れていた者を呼ぶ。


「サデュリア」

「はっ」

「六日後、ディネイトは勇者と共に神大陸へと向かい、迷宮を攻略せよ。攻略期間は問わない。」

「仰せのままに。」


 サデュリアの方を見るが既に部屋を後にしていた。


 薄暗い部屋の中、バニンシュは怪しげな笑みを浮かべながら静かに暗躍の成功を祝う。


 ---


 二ヶ月後


 神官バニンシュの言っていた神大陸の迷宮へと到着した。


 ここにアヴァロームが……


 いざ目の前にすると心配がこみ上げてきた。


 スゥーー……



 迷宮の入り口で深呼吸をする。

「行くぞ。」


 新たな仲間と共に迷宮の深淵へと旅が始まった。





 後に彼は命の危機に瀕しながらも龍神に出会い、龍神の指示である男と戦うことになるのだが、それはまた別の話――

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