ブレードサーバー2021

楠樹 暖

ブレードサーバ2021

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。ちょっと煽りすぎだと思う。正確には「二つの世界のどちらかが終わりまで」だ。

 世界最後の一週間――二つの世界の命運を賭けた戦いの日々――が始まろうとしていた。


 西暦2021年(万和ばんな3年)3月1日、デミアージと名乗る上位存在が現れた。自らを【管理者】と称するデミアージは、この世界とは別にもう一つの世界が存在することを明かした。

「分かりやすく言うと君たちの世界は、ボクが作った仮想世界なんだよね。僕からするとこの世界はサーバーラックの中に組み込まれた薄いサーバーの一つなんだよ。でね、あるときブランチっていう方法を知って、世界を分岐できることに気がついたんだ。でね、ちょっと試したいことがあったから世界を二つに分岐させたんだ。すぐどっちかを本流にするつもりだったけど、どっちも捨てがたくて両方育ててたんだ。でも、4月からサーバーラックは一人一スロットまでっていうお達しが出ちゃって、どっちか一つにしなくちゃいけないんだよ。ボクからすると二つの世界、どっちも愛着がある。どっちか一つに決めることなんかできやしない。ということで、ボクじゃ決められないから君たちに決めてもらうことにしたんだ。お互いの世界から代表者を出して戦ってもらいます。勝負は七番勝負。先に四勝した世界を残すことにして、負けた方の世界はフォーマットしちゃいます!」

 最初は如何わしいと思われていたデミアージだったが、数々の予言と奇跡によってこの世界の創造主であることが認められた。

 3月25日から一週間は一日一対決をし、最終対決日の3月31日に負けた方の世界が消滅する。この世界の運命は代表者七名に委ねられたのだ。


 万和3年3月25日、七番勝負最初の対決は百メートル走である。人類最速のスプリンターが用意され勝負は始まってから十秒も経たないうちに決着がついた。相手の世界の勝ちである。

 相手の世界はニセモノの世界のくせにホンモノのこっちの世界に勝ってしまうとは……。ニセモノの世界はそもそも年号がおかしい。明治、大正とくれば【光文】と決まっているのに、ニセモノの世界では【昭和】という年号だという。聞いたこともない違和感バリバリだ。しかも、次の【正化】にあたる年号は【平成】だし、【万和】に至っては【令和】でありパチモン感満載だ。

 明治-大正-昭和-平成-令和、ゴロが悪くて言いにくい。

 明治-大正-光文こうぶん正化せいか万和ばんな、こちらの方が言いやすくてシックリくる。やはり相手の世界の方がニセモノだ。


 二番勝負はチェス対決だ。これは我々ホンモノの世界が獲った。どうやらニセモノの世界は運動が得意でも頭を使う方は苦手のようである。

 三番勝負のマラソンはニセモノの世界の勝ち。

 四番勝負の囲碁はこちらの勝ち。

 五番勝負のボクシングはニセモノの世界の勝ち。

 六番勝負の格闘ゲームはこちらの勝ち。

 やはり、体を使う勝負はニセモノの世界に分がある。勝負は三対三で七番勝負のロボット対決で決まる。


 万和3年3月31日、この日の戦いにより世界の行く末が決まる。生き残るのか、消滅するのか。

 ロボット対決なので、体力はあまり関係がない。いかにうまくロボを操縦できるか。そしてロボの性能自体が大きく影響する。

 ロボの操縦は開発者であるオレを上回る者はいない。ロボの性能面でも、ニセモノの世界では超電導駆動システムも、ナーヴコネクトシステムも開発されなかったのか、旧時代の作業用ローダーでしかない。勝負は決まったようなものだ。

 相手のローダーは背中に二本のシリンダーを積んでいる。たぶんバッテリーだろう。ニセモノの世界ではバッテリー革命も起こっておらずあんなに大きなバッテリーを積むしかないのであろう。しかも人型とはいえ、手には指はなく、丸いハンマーのようなものが両腕の先に付いている。殴ることを主体とした攻撃をするのだろう。こちらのロボは汎用人型ロボであり、五本の指をまるで自分の指のように操作することができる。性能の違いは歴然だ。

 勝負の合図でロボが動き出す。高さ三メートルの作業用ローダーと高さ五メートルの汎用人型ロボ。軽い分だけ相手の方の動きが速い。しかし、反応速度ではこちらが上だ。

 無骨なローダーを右手で握っていた剣で切る。が、はじき返される。握っていた剣は五本の指から振りほどかれた。汎用のままにしていたのはマズかったか。戦闘に特化するために腕に剣を溶接しておいた方がよかった。

 剣を拾い向きなおしたところで、ローダーの丸い右手が殴りかかってきた。衝撃があったがそれくらいでは壊れない。次いで左フックが来たのを右腕で止める。やはりロボの性能の差は歴然だ。攻撃はさほどダメージにはならない。

 バチッ!

 瞬間、体に電撃が走った気がした。いや、本当に電気が走ったのだ。

 ローダーの右手と左手は電極となっており、背中に背負った大型のバッテリーはこの電気ショックのためだったのだ。

 ロボのコンソールがプツンと黒くなり、再起動を始めた。その間ロボは動くことができず、相手のローダーにいいように殴られ続けた。

 早く、早く!

 このままでコアが破壊されてしまう。コアが破壊されて中の赤い塗料をぶちまけた方が負けである。

 ストレージのチェックはいいから早く起動してくれ!

 再起動が終わり、OSのタイトルロゴ表示のあと、やっとロボのコンソール画面となった。

 急いで剣を叩きつける。剥がれ落ちるコクピットパネル。そこにいた操縦者の顔は鏡に映ったオレの顔のようであった。

 装甲のいくつかがめくれコアが露出した。コアを目掛けて最後のひと振りをする。

 バキッ!

 装甲を突き破りコアを砕く。コアからは赤い塗料が流れ出した。

 対決終了の合図が鳴り響く。

 勝った!

 しかし、自分の足元を見ると赤い塗料がボタボタと落ちている。

 コアを……破壊されている……。

 最終対決を終え、デミアージが姿を現した。

「いい試合だったね」

 勝敗はどっちだ!?

「勝負はドロー」

 引き分け……ということは、どういうことだ? どちらの世界が残されるんだ?

「引き分けだから本当は両方残したいところだけど、スロットは一つしかないからね」

 ピンク色の光に包まれ、こちらの世界とニセモノの世界は終わりを迎えた。


 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界が統合されて七日になりました」と言う。デミアージによれば、二つの世界をマージする方法を覚えたとのことだった。二つの世界を並べて比べ、同じ部分はそのままで、変更点がある個所はいい方を選ぶ。そうして一つ一つの競合を片づけて二つの世界を一つの世界へと統合し、一つのサーバーにまとめ上げることができたのだという。

 令和3年4月7日世界は混乱もなく動いている。マージはうまくいっているようだ。ニセモノの世界の元号であった【令和】も新しい世界に採用された今では違和感がなくなってきた。

 新しい世界になってから体が軽くなったようだ。きっと、もう一つの世界の自分の体力が採用されたのだろう。

 二つの世界のいいとこ取りの世界は素晴らしい世界だ。

 すべて世界はコンフリクトもなし。


(了)

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ブレードサーバー2021 楠樹 暖 @kusunokidan

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