第6話

体が熱い。しかし、体の震えは止まらない。男は高熱を出してもがいていた。男が独房に隔離されてから2日は何事もなかった。男も奴隷になったであろう自分が何故使役もされずに放置されているのか分からなかった。

しかし、その理由はすぐにわかった。この熱だ。

彼らは感染症の存在を知っている。俺に感染症の初期症状か何かが出ていて、それですぐに隔離したんだ。男は不安でたまらない。この世界のウイルスに自分が抗体を持っているわけがない。死に至る病なのだろうか。俺はここで死ぬのだろうか。ならなんのために転移したんだ。苦しむためなんだろうか。なんのために。男の思考はそこでぐるぐると循環していた。

やがて思考も曖昧になり、妄想と幻覚の世界へと男は迷い込む。

脳裏に浮かぶのは自分の死語の世界。自分亡き後の元の世界では、自分を裏切った上司、女、友人が平然と日常を生活していた。それを男は不思議な気持ちで眺めている。

生前は全てが妬ましかった。彼らを殺してから自分も死のうと思い詰めたこともあった。

しかし、全てを投げ出して新たな世界でもがく体験を経て、男の恨みは全て霧散してしまったようだった。

なんだろう、この安らかな気持ちは。むしろ今は彼らに壮健であれと願う。転移からこの方、男は生まれ変わろうとしていた。この熱もその生まれ変わりの儀式の一つに違いない。やがて男がそう思い至ると、体を灼く熱すら愛おしくなり、早く新しい自分になろうと前向きな気持ちになるのであった。

男の熱が下がり、体調が回復し始めたのは10日ほど経ってからだった。

苦しむうちは全身黒装束の男か女かもわからない人間が、何らかの魔法の様なものを男に定期的にかけに来ていたのだが、10日目からは普通に食事が出るようになった。

正直、魔法がなんの役に立っていたのかは皆目見当がつかなかったのだが、10日もまともに食事をせずに生きていられたことを考えると、やはり何らかの回復魔法であったのだろう。

熱が下がり、食事もきちんと取れていることが確認されると、3日で男は独房から出され、大部屋へ移された。

大部屋には整然と二段ベッドが並び、中には10人以上の人間が暮らしているようであった。

男がそのベッドのうちの一つをあてがわれると、顔役と思われる大男が話しかけてきた。

「你是中国人吗?看外表起来你应该是亚洲人,听的懂我讲话吗?」

なんだろう、また分からない言語だ。

「哦,看起来听不懂的样子,那么,オマエ、ニホジンカ」

えっ、と男は驚いた。この大男は今日本語を話したのか。

「オレ、チュゴクジン。ニホゴ、ハナスノコト、スコシ」

「おお!日本語がわかるんですか。私は大橋です。大橋翔太。あなたのお名前は」

「ハヤイ、ワカラナイ」

大男は困った顔で両手を上下させて落ち着けとジェスチャーをしてくる。

「私は、大橋翔太です。あなたは」

翔太はゆっくり丁寧に発音して、大男に言い聞かせた。

「ワタシ、ジャオ。オマエ、ココデクラス、コトバ、オボエロ」

ジャオさん、ジャオさん、翔太は何度も趙の名前を心で連呼しながら、この世界で初めて同胞に出会ったことに涙した。

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普通に考えて異世界に転移してもろくな目にしか遭わない 遠藤伊紀 @endoukorenori

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