第二十幕 柳楽祀という男
シュウの誕生会が終わった。ケーキを届け終えた私はカウンターに戻り、次の客のためシェイカーを手に取る。馴染んだ金属と、その内に入れた氷の冷たさを感じた。全く、私も慣れないことをしたものだ。
手伝いを頼んだ柳楽は、ホールに向かって笑顔を振りまいている。でも私は、彼自身が──その背中を彩る黒のような、不可解な人間であることを──なんとも見事に隠している、そのことを知っている。
あいつはおかしい。ただしく「人でなし」なのだ。
良い奴であることは間違いないさ、二十年以上の付き合いである私が保証しよう。ただなんと言ったらいいのか……人間らしさが欠落しているんだ。
初めて祀と会ったのは二十八年前、あいつが十八の時だった。バイトの募集に応募してくれてね、無事にうちで勤めることになった。たしか、大学生になったばかりだっただろう。素直で物覚えも良く、真面目。顔もまあまあでそこそこ人気はあったんだが、目立つから変な客に絡まれたりすることもあってね。
ある日、しつこく絡んでくるタイプの客について、大まかな特徴や対策を覚えさせようと話をしていたんだ。そしたらあいつ、なんて言ったと思う?
「それよりも、仲良くなれそうなお客様のことを覚えた方が、今後のためには良いんじゃありませんか?」
その時は納得したもんだが。それを発端に、様々な場面で彼の「ズレ」を見ていて、私は言葉を失ってしまった。彼は、「他人から嫌われる」ということについて、全く恐怖や忌避を持っていないんだ。「好かれる」ことについても、特別に執着がない。興味はあるようだけどな。
だから敢えて嫌われるようなことはしないし、相手の機嫌を損ねたらすぐに謝罪をする。自分の特性についてある程度理解はしているようで、大きな失敗もなかったよ。小さい失敗は時折やっていたがね。即座に吸収して、同じ間違いは繰り返さない。
彼は人間のことが大層好きだが、個人には執着しないタイプの人間らしい。これまで会ったどんな客も大切にし、店員として、時には遊び相手として真摯に愛を注ぐんだ。本当に「誰にでも」。
それは本当に不気味だった。人間なんだから、好みとか、偏りがあるのが普通だろう? それがない。昨日まで一緒に笑っていた客が来なくなっても、「寂しいですね」とは言いつつ、何も様子は変わらないんだ。新しい客に、全く同じように愛想を振りまくだけ。
他の人間に対して溢れんばかりに愛情を注げるくせに、それは広く浅く、見境がない。個人にそもそも興味がない。それこそがあいつの持つ「歪み」であると私は思う。
あいつは夢を見ている──人間に対してだ。全ての人に注ぎ注がれ、愛が満ち溢れることを。到底叶いようがないだろう? なのに、それを本気で信じて実践しようとしているんだよ。ともすれば滑稽だが、底なしの「良い奴」なんだろうよ。
その信念のおかげで、あいつはあの特性を悪用することもなく、今夜も元気に遊び回って見せるんだろう。それが生む違和感を、あの笑顔の裏に隠して。
しかも、本人は特に隠すつもりもないところが、本当に不気味なんだよな……。
だから心配はいらない。深入りはそもそもあいつがさせないだろうし、無理にしようとしてもやんわり拒絶されるだけだ。ふらっと声かけて遊ぶくらいなら、「理想的な良い奴」だよ。
何か飲むかい。そろそろグラスも空だろう?
柳楽我楽多店 柳楽やぎお @yagio3517
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