悪役令嬢だったので正直に王子に好みじゃないと伝えた結果
月親
悪役令嬢だったので正直に王子に好みじゃないと伝えた結果
雪が積もった庭で頭を打ったのをきっかけに、前世を思い出した。
「セレスティア・オルレス公爵令嬢……」
私は寝ていた自室のベッドから起き上がり、今の自分の名前を口にした。それに続く「最悪」という
サイドテーブルから手鏡を取り出し、覗き込む。
前世の私が死ぬ直前までプレイしていた乙女ゲームで、悪役令嬢として登場する少女だ。
何が最悪って、その役どころ。
婚約者の王太子アルバートが、まっっったく私の好みではないということ!
「好みでない男を取り合ったあげく、負けるってどんな罰ゲーム⁉」
コア乙女ゲーマーを名乗るからには、全キャラクリアはしていた。
推しと呼べるキャラはできなくとも、大体のキャラにそれぞれ魅力的なところを見つけることができていた。
しかし、よりによって……そう、よりによってアルバートだけはトコトン私に合わなかった。
「悪役令嬢に付きものの断罪イベントもないから、対策の取りようもないっ」
アルバートとセレスティアは、ごくごく普通に婚約解消することになる。婚約破棄ではなく、解消だ。しかもちゃんとアルバートが自分の責を認め、セレスティアに謝罪もする。
そんな円満な婚約解消でよかったと、喜ぶべきだろうか。しかし、アレを今からされると思うと
その謝罪の場面でアルバートはセレスティアに、つらつらとヒロインに
人に寄れば、ヒロインへの熱く愛を語っていたシーンに見えたのかもしれない。けれど私にはアルバートが、「何故、セレスティアでは駄目だったのか」を本人にあけすけに言ってしまうお馬鹿さんにしか見えなかった。
そしてこの場面こそが、「アルバートは合わない」と思った最大の理由だった。
悪印象の方になるが印象的だったので、彼が語った内容は覚えている。
要約すると、アルバートは優秀なセレスティアと比較されるのが嫌で、耳触りの良い言葉をくれる男爵令嬢ルルに惹かれたということだった。
アルバートルートは、彼が主人公ルルの応援で成長して行くストーリーになっている。「ダメ男を私の手でイイ男にしてやるのよ」と意気込むプレイヤーには、刺さるキャラなんだろう。私は最初からスパダリ枠のキャラが好みなので、合わなかったのも当然だ。
コンコンコン
サイドテーブルに手鏡を仕舞ったタイミングで、不意に部屋の扉がノックされた。
「お嬢様、アルバート殿下がお見えです」
「えっ!」
外からされたメイドの声掛けが三秒前でなくてよかったと思う。
そうでなければ、手鏡を落としていただろうから。
私を見舞いに来た生アルバートを見て最初に思ったのは、見た目はさすがに攻略対象キャラだなということ。
長いプラチナブロンドの髪を一つに束ね、ペリドットのような新緑色の瞳は素直に素敵だ。セレスティアと同い年の十三歳だが、やはりセレスティアと同じく今から将来が楽しみな容姿をしている。
これでスパダリ設定だったなら、ヒロインに負けてなるものかという気にもなったかもしれない。
――例え、見舞いに持ってきた品が『主要都市と経済 最新版』という本であったとしても。
「アルバート殿下は、既に読まれましたか?」
「え、いや僕は……まだ」
「まだ」のところで目を
案の定、アルバート自身はこれを読む気なんてさらさらないらしい。セレスティアがこういった本を好むから、単純にそんな理由でこれを見舞いの品として選んできたわけだ。
実際、この本に対して今すぐ読みたいレベルで心が
でも今、わかった。乙女ゲームでのアルバートは、こうしたことを繰り返して自分で自分の首を
私は手に持った『主要都市と経済 最新版』に目を落とし、それから目の前の椅子に座るアルバートに目を戻した。
多少劣等感が残っていても振り切れていなければ、例のドン引き語りを回避できるかもしれない。あんな自己否定な台詞は、アルバート自身にもよろしくない。
それならどうするか。
私は手にしていた本を、スッとアルバートに差し出した。
「殿下が先にお読みになって、私に要約を教えてくださいませ」
にっこり笑ってそう言えば、アルバートが「え」と驚いた顔で私を見てくる。
反射的に本を受け取ってしまった彼は、「失敗した」と思っていることだろう。これで今回はどうにか私が希望するとおり要約を教えることはしても、二度と私に本を贈ってくることはないに違いない。
「……セレスティアは、誰よりも色んなことに詳しくなりたいんじゃなかった?」
「え?」
アルバートの問いに、今度は私が驚く番だった。
台詞だけ聞けば、要約なんてごめんだから言い訳をしている……と取れなくもない。が、目の前のアルバートのこの表情は、どうにもそういうのとは違う。
本気で、「僕が君より先に詳しくなっていいの?」というお
何故、彼がそんなことを気にするのか。
私は頭をフル回転させて、セレスティアの過去を思い返してみた。
『私は誰よりも色んなことに詳しくなってみせるわ!』
アルバートとの婚約が決まった八歳のとき、その足で王宮の図書室へと行った私が彼に言った言葉。
既に幼馴染みとしてよく遊んでいた彼は、いつもの遊び場とは違って図書室へと来た私に理由を尋ねた。そのときに私が彼に返した答だ。
「あれは……誰よりも色んなことに詳しくなって、一番に殿下のお役に立ちたいという意味でした」
当時の状況を思い浮かべながら、私はそのときの気持ちを述べた。
今でも異性としてという意味でなければ、アルバートのことは好きだ。
大事な幼馴染みだし、将来重責を負うことになる彼の助けになりたいという思いは変わらない。
その思いが行き過ぎて逆にアルバートの重荷になってしまったのが、乙女ゲームでのセレスティアだったのだろう。
「そういう意味……だったんだ」
「はい。ですから、私が努力したことで殿下が足りないと
再び本に目を落としていたアルバートに、私は駄目押しとばかりに読書を
これで彼は
自己否定から来る残念な言い訳じゃなく、普通の
そのときは、一体どんな甘々な惚気を聞かされるかしら?
そう私が、五年後にやって来る一場面に妄想を飛ばしかけたときだった。
「……確かに!」
アルバートが目から
あの日から、丁度二年経った。
そんな今日思うのは、今のアルバートは確実に乙女ゲームでの彼とは違う道を歩んでいるということだ。
アルバートが私のお見舞いに来た日、叫びながら椅子から立ち上がった彼は挨拶もそこそこに急いで王宮に帰っていった。
そして何と、翌日に本当に『主要都市と経済 最新版』の要約を持ってきたのだ。
しかも、以来、私に要約と本をセットでプレゼントしてくれるようになっている。
もっと言えば、その要約はいつだってアルバートの直筆だった。つまり、ちゃんと彼が書いたものだ。伊達に長い付き合いをしていない、似せられた代筆と本物の見分けくらいつく。
本の要約を始めたことの他にも、アルバートが勉強熱心になったという噂を聞いている。
加えて、ここ最近は慈善活動にも力を入れ始めたようで、平民からの人気も高くなっている。これも本来のゲーム開始時点ではなかった評価だ。
私の方も、アルバートを
婚約者と言えば……私たちの世間での評判は「お似合い」らしい。
これも本来のゲーム開始時点ではなかった評判だ。
「セレスティア、迎えに来たよ」
外出の支度を終え自室から階下に降りた私を呼んだのは、笑顔が
正直に言おう。スパダリにジョブチェンジした今の彼は大好きです。現金だって? 知ってる。華麗に手のひら返ししましたが何か?
エスコートに差し出されたアルバートの手を取って、一緒に玄関を出て彼が用意した馬車まで歩く。その間に、私はそっと彼の横顔を盗み見た。
私はまんまと彼に恋してしまった。けれど、結局のところアルバートの好みってヒロインのルルなのだと思う。だって、私と違ってアルバートの中身はアルバートのままなのだし。
こうして上辺では政略結婚の相手に優しくする技術を身につけても、そのうち婚約解消したくなることには変わりないのでは。
そう考えた私の懸念は当たりだったようだ。
「……アルバート殿下?」
今日の目的地であった仕立屋にともに入り、店内を見て回っていたとき、私はその異変に気づいた。
先程からアルバートは、どう見てもセレスティア用ではなさそうな明るい色合いのドレスを目で追っていた。
私の家――オルレス公爵家の紋章は黒色。その関係で、私を含めて家人は全員暗めの色でまとめた服装をしている。幼い頃から我が家に出入りしているアルバートが、それを知らないはずがない。
アルバートは一人っ子なので、姉妹のドレスを見ていたなんてオチもつかない。だからそういった態度は、私と同じ年頃の女性を想っているのではないかと
乙女ゲームでは、ゲーム開始時点でアルバートはルルと顔見知りだった。慈善活動に訪れた教会で巡り会ったという設定だったと思う。メインヒーローとヒロインの運命の出会いなのだから、既に淡い想いを抱いている可能性は大なのではなかろうか。
ルルは私たちと同い年ではあるが、私たちとは違ってこの春には入学しない。来年、二年生になってから編入してくる。
だから入学式の後に行われるダンスパーティーには、私は気兼ねなくアルバートのパートナーとして参加できる。そんな背景もあって、それなのに彼はもうルルのことを考えていたのだろうかと思い少し胸がチクッとしてしまった。
とはいえ、私はスパダリ好きだけれど、自分がそのスパダリに
ここは一つ、邪魔立てする気はないアピールをしておこう。
「殿下は優秀になられました。今の殿下であれば、ごく私的な理由で贈り物をしても口さがなく言う者もいないでしょう」
「! 確かに」
この反応、本当にごく私的な理由で贈り物をしたい相手がいたらしい。
複雑だけれど明るい未来のためだ、ポイント稼ぎをしておいてよかった。
――なんて思っていた翌月。私の希望で注文したドレスとともに、アルバートがごく私的な理由で誰かに贈ったはずのドレスも私宛に届いていた。
店で見たときと違うのは、白銀の糸でそこかしこに
『君の家のことも君が好むドレスも知っているけれど、僕がこのドレスを着た君を見てみたい』
何だろう、この本物の恋人に宛てたようなメッセージカードは。
「んんんっ」
やばい。これはやばい。
これでは私の方こそ、世にある断罪される悪役令嬢にジョブチェンジしてしまいそう。
そう
でも迎えに来たアルバートの嬉しそうな顔はプライスレスだった。なので後悔はしない。
ダンスパーティーで踊った曲は三曲。踊った相手は三曲ともアルバート。
通常、婚約者とは最初の一曲しか踊らない。もっというなら、夫婦でさえ三曲踊るカップルは少ない。
来年底辺へ落ちるのに、これ以上幸せゲージを上げないでほしい。落とし穴より下り階段を求む。
「アルバート殿下、私は独占欲が強いんです」
学園から家路へ向かう馬車の中、私は隣に座る彼におもむろに切り出した。
ちなみに車内は二人きりだ。なのに何故か、アルバートは向かいではなく私の隣に座っている。
伸ばせばすぐそこにあった彼の手をギュッと握り、私は顔を上げてペリドットの瞳を見つめた。
「婚約者は
来年に向けてフェードアウトするなら、今から下り階段を降りるべし。私は
驚きに目を
どうせこのまま行けば私は、悪役令嬢にジョブチェンジを果たして淑女からかけ離れてしまうのだ。失態が前後したところで痛くも
そう思ったのは、嘘ではなかった。
「確かに。セレスティア、そうしよう」
だけど本音では今回もまたそう返してもらいたかったことも、嘘ではなかった。
彼がこうして柔らかく微笑んでくれることも、私の真の望みだった。
「僕も独占欲が強いんだ。きっと君が考えている以上に」
アルバートが内緒話をするように、私の耳に口を寄せて言ってくる。
彼のその口はそのまま迷いなく、私の唇を
学園に入学して早三年――私が悪役令嬢になることはなく、卒業式は平和なまま終わった。
というより、肝心のヒロインであるルルが進級試験に落ちて学園を中退したのだ。
そうなった原因は……わからないでもない。
昨年、予定通り編入してきたルルとアルバートは再会した。
『やぁ、久しぶり。こちらは僕の妻のセレスティアだ』
『無いわー……』
あの反応、口調。ルルはおそらく私と同じ転生者だったのだろう。そしてその後の
通い慣れた王宮の図書室に今日も来ていた私は、定位置となった席に座った。
その左隣の席には、やはり定位置となっているアルバートが先に座っていた。
「どうしたの? 難しい顔して」
「やる気って人生を左右する要素だなと……しみじみ思ってました」
片肘をついて尋ねてきたアルバートに、つい借りてしまった『やる気とは何か ~どこから来るのか~』の本を広げながら答える。
五年前から恐れていた乙女ゲームのヒロインを撃退したのは、ルルの『やる気(マイナス)』だった。
ヒロインですら
「……確かに」
アルバートからも、しみじみといった口調でいつもの台詞が来た。
「僕が今こうして君の横にいられるのは、五年前にやる気を出せたからに他ならない」
「え?」
完全にルルのことだけを思い浮かべていた私は、意外な話の流れに思わず彼を振り返った。
どこか遠い場所を見つめるアルバートの横顔が目に入る。
「あのとき君に聞くまで、僕は誤解していたんだ。君が勉強をするのは僕に才能がないから口出しするなと、何でもできる君が必要とするのは僕の婚約者という肩書きだけなんだと、暗に言われている気がしていた。そう思い込んで、僕は勝手に
彼を見つめたままだった私と、自然と目が合う。
「セレスティア。君が努力するのは、僕のためだった。君が僕のために努力するというなら、そんな君のために僕も努力するのは当然だ。君の言葉はもっともだと思った」
「あ……」
アルバートが私の左手を取り、その指先に口づける。
ほんの少し触れただけのそれがどうしてか強い刺激に感じられて、私の口から思わず小さな声が
「僕は君に嫌だなんて言われない婚約者に――まあもう夫なんだけど、なれたかな?」
言葉こそ疑問形だけれど、私の答はもうわかっているのだろう。手から再び私の目に視線を移したアルバートが、熱を
そして私たちの唇は重な――
「「あ」」
――る前に、秒で離れた。代わりに声は重なった。
ついでに、とある一点に顔を向けるタイミングも重なった。
「あらあらあら」
とある一点――いい笑顔の皇后陛下とバッチリ目が合う。
合ったにもかかわらず、陛下はそのままスッと音も立てずに図書室から出て行った。
図書室に相応しい、しかし私たちには気まずい
「……明日、皇后陛下とお茶会があるんです。孫はまだかと聞かれたらどうしましょう?」
沈黙に耐えきれず、私は苦笑いでアルバートに
しかし予想に反して、振り返って見た彼の顔は耳まで真っ赤で。こちらを向いてはいるけれど、その顔の大半は彼自身の手で
「それは……もう少し君を独占させて?」
「⁉」
アルバートが、目を
今私は、絶対に彼に負けないほどの赤い顔をしていただろうから。
―END―
悪役令嬢だったので正直に王子に好みじゃないと伝えた結果 月親 @tsukichika
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