第87話『財宝を暴く⑫』
「はいここ! 到着!」
蟻に案内されて到着したのは、迷宮の中でもひときわ広い空間である。
いわば最深部の宝物庫とでもいうべきか。
黄金の匂いを追って先行していた白狼も、壁を嗅ぎながらうろついている。
「聖騎士さんたちもこの場所にはやって来たんですか?」
「うん。あ、でもうちらの沽券のためにも言わせてもらうけど、お宝を探してもらいやすいように、わざと迷宮の難易度下げておいたんだからね? 本来は隠し通路とかトラップとかもっとたくさん用意してるからね?」
相変わらず多弁に【迷宮の蟻】は返してくる。
そういうことなら人海戦術での探索はもう試したということだろう。私は手がかりを求め、そこらを嗅ぎまわる白狼に尋ねてみる。
「どうですか狼さん。何か見つかりそうですか?」
「そうだな。黄金の匂いはするのだが……これを見ろ」
そう言った白狼は、地面をつんつんと前脚で示した。
一見するとただの土だ。しかし、示された場所をよく凝視してみると――
「これって、金……ですか?」
「ああ」
まるで砂粒のように小さい金の欠片があった。
ただ、財宝というにはあまりに粗末すぎる。この欠片を百個集めたって、金貨一枚分にもならないだろう。
「あ、それ? ただの削れ滓。ここに金塊を運び込むとき、金塊同士が擦れてちょっとだけ削れちゃったりするの」
蟻が触覚を振りながら解説してきた。
それに私は首を傾げる。
「金塊は忽然と消えちゃったんですよね? 欠片だけは残っているんですか?」
「いやいや。その削り滓の元になった金塊は、ずっと大昔にあったやつ。消えちゃったのは最後に運び込まれたやつで、それはたぶん滓も残ってないと思う」
なるほど。少なくともこの削り滓は本物の金塊に由来するのだろう。黄金の採掘量が衰える前のレクシャムなら、そのくらい貯め込んでいたのかもしれない。
「我が嗅ぎ付けられたのは、この残り滓のような黄金の匂いだけのようだ。これより強い匂いは……すまんが感じ取れん」
「あ、いえいえ。いいんです気にしないでください」
むしろここで宝が見つかっては困るところだった。
黄金の山なんて見つかったら、聖騎士たちが何としてでも回収を試みるだろう。撤収させるのがほぼ不可能になってしまう。
「えー? お仲間の鼻でも見つけらんないわけ?」
「ああ。面目ない」
呑気なやりとりをする蟻と白狼をよそに、私は真剣な顔で考えこむ。
さて、ここからどう事態を丸く収めるか。白狼に失望されぬためにも【迷宮の蟻】を助命することは必須だ。
現時点で最有力の案は先ほども考えた『財宝は危険物』と主張して、聖騎士たちの撤収を促すことである。だが、いくら聖女の娘といっても根拠なしに受け容れられるか否かは怪しい。
それに『危険物だからこそ回収の必要がある』なんて教会が考えるかもしれない。
(それなら……)
教会の記録上では、『壊れた骨董品』や『腐った穀物』でも【迷宮の蟻】が護る財宝に成り得たという。つまり、在りし日に財宝として扱われていたものであれば何だって構わないのだ。
ならば適当に財宝っぽいものをでっち上げよう。一旦地上に引き返して、その辺の廃墟からガラクタを拾ってきてもいい。そして私が堂々とした態度で聖騎士たちの前にそれを持ち出し、宝を発見したと主張する。
――そして同時に【迷宮の蟻】に死んだフリをしてもらうのだ。
どんなくだらないガラクタでも、『迷宮の外に持ち出したと同時に悪魔が死んだ』となれば、それが迷宮の宝だと認めざるを得ないだろう。きっと撤収してくれるはずだ。
「ねえボスさん」
と、そこで蟻が話しかけてきた。
ちょうどいい。こちらも今のプランの口裏合わせをしたかったところだ。
「はい、何ですか?」
「ボスさんってすごい人なんだよね? 人間の中で一番強くて、一番偉くて、一番優しいって」
「え……ま……まあ? そうですね?」
「だったらお願い」
唐突に【迷宮の蟻】が頭を下げた。
一匹だけではなく、この場に集ったすべての蟻が一斉に。
「なんにもお礼はできない。分け前とかもあげらんない。だけど、どうかうちらの宝を見つけてください。この通りです」
その光景を見て、私はごくりと喉を鳴らした。
大量の虫がキモかったこともあるが、それ以上に――
(この空気の中で八百長の相談できる……?)
さきほどのプランでは聖騎士たちを撤収させることはできるが、宝を見つけることはできない。だが、そんなものはこっちの知ったことではないし、撤収後に【迷宮の蟻】が自力で探せばいいことだと思っていた。
「うちらだけじゃ、どこをどう探しても見つからなかったの。お願い」
何度も懇願されて、さすがの私も困った。
いくら会話できるとはいえ、相手は悪魔である。ここで私が断ったら逆上して襲い掛かってくるかもしれない。なんかこの虫ケラ、侵入者を生き埋めにするのが得意とか言ってたし。
「そ……そうですね。ええ、困ってる方を見捨ててはおけませんし? 見つけられるかどうか保証はできませんが、できるだけ善処したいと思います。でもあんまり期待はしないでいただけると」
「本当っ? ありがと!」
「さっすがー!」
「ボスさんやさしー!」
洞窟の中がどっと蟻たちの歓声に包まれる。
可能な限り予防線を張った承諾だったのだが、果たしてそのあたりをちゃんとこの虫どもは理解したのだろうか。
「あの、すいません……」
と、そこで。
隅の方で震えていたシャロが、おずおずと話しかけてきた。
「何ですか?」
「メリル・クライン様はいつもこのように任務をこなしてらっしゃるのですか?」
「うっ」
焦って言葉に詰まった。
毎回こんなグダグダになっていると思われては、私の沽券に関わる。
「ああ、そうだ。我はこの娘を初任務から知っているが、毎回こんな感じだ」
と、私が逡巡している間に白狼が勝手に答えた。なぜかふふんと得意げな顔で。
「その……なぜでしょう?」
「なぜ?」
「せっかく神より最強の力を授かっているのに、なぜ使おうとしないのかと……」
そんな力がないから苦労してんだよこっちは。
私が最強の力を持っていたら初任務で白狼を消し飛ばしていたし、今もこの蟻どもを灰燼に帰してやっていただろう。
ふぅ、と白狼がそこでため息をつく。
「小娘。やはり貴様は我らを悪しき存在だと思っているのか?」
「い、いえっ……」
「怒っているわけではない。正直な感想を聞かせろ」
問われたシャロは、緊張したようにごくんと喉を鳴らした。
「いいとか悪いとかはまだ分かりませんけど……。まるで人間みたいに意思疎通できるんだなって、そう思いました」
「ああ。だからこの娘は、
「その、分かってるんです。その御心はすごく立派だと思うんですが……」
俯いたシャロは、しばし迷った様子を見せてから私に問うた。
「――怖くないですか?」
何を当たり前のことを。
怖いに決まっている。今もキモい蟻どもに囲まれて生きた心地がしない。
眉をひそめた私に、慌ててシャロは弁明した。
「あ、そのっ。違うんです。怖いのは悪魔じゃなくて……」
「悪魔じゃないなら何が怖いっていうんです?」
「その……」
躊躇いがちにシャロは言葉を続ける。
「わたし……小さいころは悪魔憑きって呼ばれてたんです。力が強くて、周りの人に何度も怪我をさせちゃって。家からもほとんど出してもらえなくて」
「え? どうしてそうなるんです。だってシャロさんの力は『神の奇蹟』なんでしょう? 悪魔とはまるで正反対じゃないですか」
「そうなんですが、わたしの生まれは田舎の一般家庭で、まさかそんな『奇蹟』を授かるなんて誰も思っていなかったんです。大して信心深い家でもなかったですし……悪いものに憑かれたと思う方が普通だったんでしょう」
シャロは諦めたように首を振った。
「わたし自身、候補生として認められた後も、本当に自分なんかが『奇蹟』を授かったのか信じられませんでした。今もそうです。だけど――悪魔のことを調べていると安心できたんです」
「安心?」
「はい……教会の資料に書かれている悪魔の多くは凶悪で、狡猾で、人間への害意に溢れていました。【迷宮の蟻】も伝承では、宝を目当てに集まってくる人間を貪り食う存在だと」
ぎょっとして私は【迷宮の蟻】どもを振り向いた。
全員が前脚を振り上げて「見つけるぞー!」「ぞー!」「おー!」と叫んでいる。間抜けな光景に一秒で拍子抜けする。
「悪魔というのが邪悪な存在であればあるほど、『ああ。やっぱり自分とは全然違う』って安心できていたんです。けど――」
シャロもまた、呑気な【迷宮の蟻】たちの方を振り向いた。
「悪魔が悪い存在でないなら、わたしたちと悪魔の違いは何なのでしょう?」
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