第88話『財宝を暴く⑬』

 問われた私は、シャロから白狼へと視線を落とした。

 それから【迷宮の蟻】をもう一度眺めて、脳裏に【雨の大蛇】などの姿を思い浮かべてみる。

 それら悪魔と、悪魔祓いの最大の違いは――


「なんかこう、普通にぱっと見で分かりません?」

「へ?」

「悪魔って外見からして明らかに普通の生き物と違うじゃないですか。怖い感じというか。狼さんも本来はもっと大きい姿ですし」


 一言でいうと、化物っぽいか否か。

 違いなんて、その印象だけでだいたい分かりそうなものだが。


「……ですが、人型の悪魔もいますよね?」

「うっ」


 そういえばそうだった。

【偽りの天使】などは背中に翼があるから一目瞭然としても、エルバの内乱の黒幕だった【戦神】などはほとんど人間同然だったとか。私が直接見たわけではないから忘れていた。


「で、でも? そういう悪魔だって喋ってみたらすぐボロが出ますよ。たぶん。人間社会の常識とか知らなさそうじゃないですか?」

「そうですが……その狼さんのように動物から変異する悪魔もいます。人間から変異した悪魔であれば、人間としての知識や経験も備えているのでは?」

「それは……」


 まずい。

 このままだと論破される。

 悪魔のような人外の化物と、神に愛された聖なる悪魔祓い。その違いなんてどこからどう考えても明白だろうに、どうも上手く言語化できない。

 こんな簡単な質問にも答えられなかったら恥だ。そんなのは私のプライド的に許されない。


「――心ですよ」


 そこで私は、聖女ははのごとく慈愛に溢れた微笑みを浮かべてみせた。

 とにかく聖女っぽい態度で思わせぶりなことを言う。誰にも反論を許さない無敵の最終手段だ。


「……心?」

「はい。誰かを愛し、護ろうとする美しい心。それこそが――悪魔祓いを悪魔祓いたらしめているのです。それこそが悪魔と悪魔祓いを分かつ最大の違いで」

「しかし、悪魔が邪悪な存在でないなら、悪魔もそういった心を持ち得るのではないですか? その場合、悪魔と悪魔祓いの違いはどうなるのですか?」


 ちくしょう、しつこいぞこいつ。食い下がってきやがる。

 せっかく私がそれっぽい綺麗事を言ってやったのだから、黙って感涙にむせび泣け。ひれ伏せ。

 面倒になってきた私は、いっそ開き直ることにした。


「そうですね。もうそこまでいったら、その悪魔は悪魔祓いっていうことでいいですよ」


 どうせ、そんな珍妙な悪魔なんているわけない。

 実際の悪魔祓いだってそんなに高尚な心構えでもないのだ。特にヴィーラとか完全に趣味だけで動いている。いや待て、もしかしたらあの人だけは本当に人型の悪魔かもしれない。ああいう生態の悪魔とか存在してそうだし。


 私の投げやりな返答に、シャロはずいぶん慌てた様子で、


「そ、そのような考え方は、教義に大きく反してしまうのでは……?」

「いいんですよ。私は聖女の娘にして神の御子なんですから。教義より偉いです」


 苦しい言い逃れをしていると、【迷宮の蟻】の一匹が歩み寄って来た。


「ねえボスさん。どうやって探そっか? いいアイデアある?」

「ん。そうですね」


 声をかけられたのを好機に、不利な話題を打ち切ることにする。

 これにて論戦は私の勝利。


「シャロさん。まず金塊が消えた理由をちゃんと確認しておきましょう。例の錬金術について詳しく教えてもらえますか?」

「は、はいっ。ええと……」


 しかし特に探すアイデアはないので、シャロに蘊蓄を語らせて時間を稼ぐことにする。

 シャロはしばしこめかみを押さえ、記憶を掘り出すような仕草をしてから喋り始めた。


「『錬金術を実現する悪魔』が存在していた明確な記録はないんです。ただ、そう推測できる材料があるんです。たとえば――衰退期のレクシャムを揶揄した言葉で『レクシャムの黄金は溶ける』というものがありまして」

「黄金が溶ける?」

「はい。領主が錬金術に傾倒し過ぎたあまり、当時のレクシャムでは怪しげな錬金術師たちが権力を持ち、商取引の場でも腐敗が横行していたと伝えられています。商人がレクシャムから黄金を買い付けようとしても、賄賂を要求されたり、不当な『関税』として一部を没収されたり……最終的に、本来買ったはずの黄金よりも目減りしてしまう。そういう腐敗具合を喩えた言葉です」


 ただ、とシャロが続けた。


「当時の裁判資料などに当たると、実際に『溶けた』と訴えた商人も少数いたようなんです。『レクシャムの街を出て少し経った頃、荷車に載せていた金塊が唐突に消え、その跡はなぜか酷く濡れていた』など。もちろん荒唐無稽な主張として、相手にされなかったようですが」

「濡れていた……つまり、黄金が水になったということですか?」

「おそらくは」


 私が推測すると、シャロは頷いた。


「当時の錬金術の基本原理は『万物は水より生まれる』というものだったそうです。たとえば川は真水ですが、海は塩水です。ここから『水が集えば塩が生じる』という理屈になり、その塩は岩塩という途中形態を経て岩となり、やがて金属に変貌していく……と。もちろん現在では否定されていますが……」

「蟻さん。金塊が消えたとき、周りの地面は湿ってましたか?」

「あ! そういえばそうだった気がする! びしゃびしゃになってた!」


 ぴーん、と触覚を立てて【迷宮の蟻】が驚嘆の仕草を見せた。

 そこまで不自然な状態なら普通はもっと疑問に思うだろうに。やはり虫ケラは虫ケラか。


「こうした記録と、【瀉血の蚊】のような物理法則を書き換える悪魔の前例から、レクシャムにも『錬金術を実現する悪魔』がいたのではないか……という古い考察資料が、教会の書庫に残っていたわけでして」

「んー? ちょい待って。そしたらうちらが護ってた金塊って、ただの水だったってこと?」

「い、いえ! まだこれは推測の段階で……」


 蟻が疑問に首を傾げたので、私は咄嗟に弁明する。ほぼ間違いなく金塊=水だったのだろうが、機嫌を損ねられても困る。


「いや気にしないで。うちらはそれで全然いいんだけどさ。うちらがまだ生きてる以上、本当の宝は別にあるみたいだし。だけど、うーん。そっかー」


 見れば、蟻たちは一様に「うーん」と首を捻って、何か悩ましげな素振りをしていた。

 いや。悩むというか呆れているようにも見える。


「どうしたんですか?」

「今の話から察するとさ。うちらのご主人って、怪しげなレンキンジュツっていうのにのめり込んで、領地をダメにしちゃったわけだよね?」

「だ、ダメにしたというか……いえ。金はもともと採掘量が減っていたそうですから、必ずしも領主さんの責任ともいいきれないというか……」


 私は慎重に言葉を選んで、心にもない弁護をする。悪魔の逆鱗に触れるわけにはいかない。


「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 と思っていたら、一斉に蟻たちが溜息をついた。

 中には仰向けにころんとひっくり返って、やるせなさそうに脱力している者すらいる。


「やっちゃったかー」

「やりそうな気はしてたけど、やっちゃったかぁ」

「ご主人ったらもう~」


 四方八方から愚痴が飛ぶ。

 この雰囲気だけで領主がだいたいどんな人物だったか想像がついた。世間知らずで騙されやすいボンボンだったのだろう。


「ん~……でもご主人も満足そうだったし。騙されたまま最期を迎えられてよかったのかなあ」


 と、一匹の蟻が愚痴った。

 それに凄い勢いでシャロが振り向いた。


「満足そうだった? 領主さんがですか?」

「そだよ。もう白髪だらけで足腰も弱ってるのに、よくここに来ては『投資した甲斐があった』『大成功だった』っていつも自慢してたよ。うちらは『本当~? 大丈夫~? 変な儲け話に騙されてない~?』って言ってたんだけど、いつも『心配いらない』の一点張りで詳しく教えてくれなくて、それがうちらとしてはかえって不安で」

「えっ……?」


 なぜかシャロは困惑した様子で立ち尽くしていた。

 どこにそんな驚くことがあるのだろう。馬鹿なボンボンが騙されたまま有頂天になるなどそう変な話でもあるまい。


「どうしたんですか?」

「その……資料が間違っているだけかもしれないんですけど……」

「いいですよ別に。気づいたことは何でも言ってください」


 私が促すと、シャロは控えめに言葉を続けた。


「領主さんが亡くなる頃には、レクシャムはもう再起不能なほど完全に破綻していたんです。誰もいない無人の寂れた街になって……そこで領主さんは失意のまま亡くなったと、そう伝えられているのですが……」

「全然そんなことなかったよ。最期まで楽しそうに自慢してたよ」


 蟻たちはうんうんと回想して頷き、それから互いにこう囁き合う。


「うちらのご主人、すっごく単純な人だったから。そのレンキンジュツっていうのがダメダメなものだって周りにバレても、ご主人だけは信じてたんだろうなぁ」


 そこまで聞いて私は「ん?」とあることに気づく。

 目下の目標である財宝の捜索にも関わることだ。


「蟻さん。領主さんがそういう馬……単純な人だったなら、財宝を隠すのに変な工夫とかはたぶんしないですよね? 独断でこっそり迷宮の中に暗号を残したりとか」

「しないしない。財宝の管理はうちらに丸投げする人」


 意外とそれは重要な情報だ。

 領主は小細工をするような人間ではない。ということは『溶けて消えた金塊』は本当の財宝を隠すためのダミーなどではない。変に捻った仕掛けなどもない。


 ならば案外、真相はものすごく単純なことなのではないか。


「……もしかして」


 大勢の聖騎士たちが捜索しても、鼻の利く白狼が嗅ぎまわってみても、なんなら迷宮の管理者である蟻たち自身が長年必死に探しても、財宝らしきものは影も形も見つからなかった。


 ――本当にそんなことがあり得るのか。


 実は「見つけているのに宝と認識していなかった」だけではないか。

 そう意識を切り替えて周りを眺めてみると、「もしかしてこれでは?」と思うものが簡単に見つかった


 めちゃくちゃ簡単に見つかった。

 無数に。うじゃうじゃと。いくらでも。キモいくらいに。そこら中にいる。




「財宝の正体って、あなたたち――【迷宮の蟻】そのものなんじゃないですか?」

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