第86話『財宝を暴く⑪』
「なくしたって……財宝がなくなったらあなたたちは死んでしまうのでは……?」
「そ! だから、まだ迷宮のどこかにはあるはずなの! でも見つかんないの! あ~もう。ほんと、どこ行っちゃったかなぁ~!」
苛立ちを露わに【迷宮の蟻】はじたばたとその場で転げまわる。
この悪魔が死んでいない以上、迷宮のどこかに宝はまだ残っている。なるほど、その理屈は理解した。しかし――
「聖騎士さんたちを呼び入れて宝を探してもらっても、最終的には持って行かれちゃうんじゃないですか?」
「ううん? もしあの人間たちが宝を見つけてくれたら、その瞬間に総攻撃して取り戻すつもりだったし」
「……え? でも報告だと、あなたたちはあんまり強くなくて、聖騎士さんたちにすぐ制圧されたって」
「最初にちょっとやられてみせただけ。そしたら油断してくれるじゃん? 後で不意打ちしやすくなるじゃん?」
まったく悪びれた様子もなく【迷宮の蟻】はそう言った。
これは『悪くない悪魔』といっていいのだろうか。気安げな話しぶりのわりに、それなりに狡猾な生態をしているような気がする。
「もし万が一うちらが劣勢になっても『入口崩して生き埋めにする』っていう最終奥義もあるし~?」
「しかし蟻よ。策略とはいえ仲間が少なからず討たれたのだろう? 遺恨はないのか?」
白狼の問いかけに私はぎくっとする。
余計なことを言うな。この蟻が逆上してきたらどうするのだ。
「あ、大丈夫大丈夫。うちらって群れ全体で記憶を共有するし、宝が無事なら何度でも復活できるから。やられたって全然気にしないんだよね」
「ふむ。死生観が違うというわけか――さて、娘よ」
白狼がひょいと私を見上げてくる。
「手筈通り、我は財宝を探す手助けをしよう。その後のことは一任してよいな?」
「えっ、まあ、はい」
「なになに? もしかしてお仲間もうちらの宝を狙ってんの?」
シャーッと威嚇の声を発した【迷宮の蟻】に白狼は首を振る。
「いや。宝をなくして困っているのだろう? 我らはそれを探す手助けをするだけだ。決して奪うつもりはない」
「えっマジ? そういうことなら感謝感謝」
「……そんなに簡単に信じてくれるんですか?」
「だって、この狼のお仲間だけでもうちらより強いし。そんでボスさんはお仲間より数段強いっていうし。そんだけ強いならいくらでも実力行使できるだろうし、うちらをコソコソと口先で騙す必要なんかないじゃん?」
口先だけで今まで乗り切ってきた私は、ちょっと視線を逸らす。
白狼が意気込んだ様子で鼻を鳴らす。
「よし。ならばさっそく我の鼻で迷宮を探してみるとしよう」
「うんうんお願い。じゃ、さっそく入口開くね」
開く?
どういう意味かと尋ねる前に、【迷宮の蟻】は勢いよく大顎を打ち鳴らした。
その瞬間、ゆうに百匹を超える無数の蟻が、黒い噴水のような勢いで地面から飛び出してきた。
「ふぎゃぁっ!」
「きゃあああっ―――――!!??」
あまりにもキモい光景に私は悲鳴を上げてしまったが、隣のシャロが私以上に大きい悲鳴を上げて抱き着いてきたので、幸いにもこちらの醜態は目立たずに済んだ。
「はい開通。みんなご苦労様」
「アイアイ」
「なんのこれしき」
「楽勝!」
見れば、蟻たちの噴き出してきた穴は地下へと続く洞窟となっていた。おそらくは迷宮の入口である。
無数の蟻たちは和気藹々とした雰囲気で、その穴に向かって帰っていく。
よく会話を聞くと一体一体それぞれで口調が違っていて、妙に個性がありそうなのが気持ち悪い。
「では行くか」
「……ちょっと待ってください」
何の迷いもなく踏み込もうとした白狼を咄嗟に呼び止める。
さすがに覚悟が決まらない。あんなキモい虫ケラどもの巣穴に飛び込むなんて。
「洞窟の中は真っ暗でしょう? ランタンとか、まずは灯りを用意しないと……」
「それならうちらの眼が光るから大丈夫。照明機能付き」
まだ残っていた最初の【迷宮の蟻】が、ピカッとその眼を光らせた。
それを合図としたように、洞窟の中にも続々と光が灯る。明るくはなったが、光源がすべて悪魔の眼と考えると、鳥肌が立つくらいぞっとした。
なので私はシャロの肩に手を置いて、こう言った。
「狼さん。とりあえず一人で行ってもらえますか? シャロさんが怖がっているようなので、私はここで一緒に待機しておきます」
「む、そうか」
怯えているシャロを口実にすれば潜るのを拒否できる。どうせ私が一緒に潜ったところで何もできないのだ。白狼に丸投げしておけばいい――と思ったのだが、
「い、いえっ! そこまで気を遣っていただいては申し訳ないですっ! せっかく連れてきていただいたのですから、頑張らせてくださいっ!」
おい待て貴様。何を発奮している。もっとビビれ。
「……ふっ。いい心がけだ。では行くぞ」
「あっ、ちょっ」
私が制止する間もなく、白狼が先導して洞窟に飛び込んでいった。シャロも深呼吸してからそれに続く。
「ボスさんもどーぞ?」
クソ蟻が触覚をくいくいと動かして私を誘う。
ちくしょう。三下のシャロまで突入したとあっては、私がここで待っているわけにはいかないではないか。
「ああもう!」
半ばキレ気味で私は洞窟に飛び込む。
あちこちから光が差しているおかげで、内部は昼日中のように明るい。光源のことはもう考えないことにする。
一人で行くのは心細いので、駆け足で進んで白狼やシャロとの合流を目指す。
幸い、おっかなびっくりで歩いていたシャロにはすぐ追いついた。
「シャロさん。狼さんはどこ行ったんですか?」
「え、えっと。あの悪魔さん、すごく足が速くって……」
「先に行ったわけですね」
なんて勝手な犬畜生だ。飼い主を置いて走り回るのは馬鹿犬の所業だぞ。
さりげなくシャロの隣にぴったりついて、洞窟をひた進む。
だが、護衛役としては心許なかった。
なんせシャロの顔は真っ青も真っ青で、額にびっしりと汗を掻いて呼吸も荒い。今にも気絶してしまいそうなほどだ。
「……大丈夫ですか? やっぱり無理せず一旦外に出ましょう?」
「す、すみませんっ。四方八方から悪魔の気配がするので、ちょっと落ち着かないだけで。大丈夫ですっ」
ああそうか。
私は何も感じないが、気配の分かるシャロからすれば、今は悪魔の胃袋にでも呑まれたように感じるのだろう。
喉からひゅーひゅーと細い息を吐きつつ、シャロは奥歯をカタカタと震わせている。
「メリル・クライン様はすごいです……。こんな中でも落ち着いてらっしゃるなんて……」
「いえ、まあ」
そこまで落ち着いているわけでもないのだが、自分よりも遥かに追い詰められている人間を見ると、なんだか比較的マシな気分になってきた。
「わたしはやっぱり全然ダメです……。これまでたくさん悪魔のことを調べて、詳しくなったつもりでいましたけど……本物がこんなに怖いなんて……」
「そんなに怖いですか?」
「は、はいっ。その……恥ずかしながら、資料なんかで見ているときはちょっと面白かったりしたのですが……間近にいると気配だけでもう息が詰まりそうで」
ふむ。私なんかは悪魔に対して「実際に見てみたら案外怖くないなこいつら」という印象を最近抱きつつあるのだが、シャロのように悪魔への勘があると本能的に恐怖心を刺激されてしまうらしい。
そのあたりで開けた場所に出た。
円形の広間で、その壁にはずらりと分岐路が並んでいる。その数はざっと見でも二十本以上。
「こっちこっち」
どこに進もうか迷っていると、【迷宮の蟻】が触覚を振って先導してきた。
「とりあえず昔、宝のあった場所に案内するから。狼のお仲間もそこにダッシュしてるみたいだし。その近くにたぶんまだあると思うんだよね」
「えっと、なくしちゃったその宝って何だったんですか?」
「黄金の延べ板。そりゃもうたっくさん!」
私はシャロと顔を見合わせた。
レクシャムでは実際に錬金術が成功していたかもしれない。ただし【瀉血の蚊】のような、物理法則を塗り替える悪魔の力によって――シャロがそう言っていた。
「でも、ある日いきなりなぜか消えちゃったわけ。誰も入ってきてないのに。おかしくない?」
その黄金がもし『錬金術を実現する悪魔』の力で造られたものだとしたら、唐突に消えることもあるかもしれない。たとえば悪魔が死んだり、能力を解除したりしたとか。
しかし――その解釈だと一つだけ疑問が残る。
「聞きたいんですけど蟻さん、元気なんですよね?」
「うん。バリバリ」
護るべき黄金が失われたはずなのに、なぜこの蟻は普通に生きているのだろうか。
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