第85話『財宝を暴く⑩』

 まずい。このままでは聖騎士たちに白狼の正体がバレてしまう。

 何とか話を別方向に逸らして誤魔化さねば――と焦る私。


「犬? 狼? どっちにしろかなり強いね? それにしてもずいぶん窮屈そうじゃん。なんでそんな縮んで」


 空気の読めない蟻が言葉を続ける中、白狼がファインプレーを見せた。

 疾風のごとく【迷宮の蟻】に駆け寄って、ぱくりと咥えてどこかに連れ去ったのだ。


「……申し訳ありません。うちの犬はあまり賢くないので、小動物らしきものを見るとああやって飛びついてしまうんです」


 呆気にとられる聖騎士たちを前に、私は真顔でそう言った。

 異論や反論は許さない。そういう雰囲気を存分に滲ませて。


「そ、そうなのですか……。しかし、あのままでは悪魔に反撃されて危険なのでは……?」

「そうですね。はい。ちょっと助けに行ってきます。皆さんはここで待機していてください」


 そう言い残して、私は白狼の後を追おうとしたが。


「シャロさんはついてきてください」

「え、ええっ?」

「見学なんですから、ついてこないと意味がないでしょう」


 万が一にも【迷宮の蟻】と戦闘になったら護衛役は不可欠だ。

 それにぶっちゃけ、白狼がどこに行ったか私だけで探すのは少々手間だ。白狼の正体を既に知っているシャロなら同行させても不都合はない。


 怯える彼女の手を引っ張って、白狼の走り去った方へ向かう。

 おそらく、そこまで遠くに行ったわけではあるまい。近くに隠れて【迷宮の蟻】に状況説明をしつつ、私の合流を待っているはずだ。あの犬の考えそうなことが少し分かるようになってきた。


「シャロさん。ちょっとした実地訓練です。悪魔の気配――狼さんと【迷宮の蟻】の気配は分かりますか?」

「は、はい。あのあたりから嫌な感じが……」


 シャロが指さしたのは、少し先にある廃墟である。

 錆びた門をシャロに破らせ、雑草の生い茂った庭園を進んで廃墟の裏手へと回る。


「――や、どもども。ボスさん」


 開けた裏庭のスペースで、白狼とともに【迷宮の蟻】が待っていた。

 シャロが小さな悲鳴とともに飛び退く。予想していた私はあまり動じない。だが、呼び方が気になった。


「……ボス?」

「あなたさんが一番偉くて強いんでしょ? だからボスさん」


 そう言われた私はしばし考えてから、ゆっくりと頷いた。

 確かに私はこの場で一番偉くて(立場的に)強い人間である。何も間違ってはいない。


「娘よ。ひとまず我らに敵意がないことは説明した」

「うんうん、説明されちゃった」


【迷宮の蟻】はフレンドリーな態度で触覚をぴょこぴょこ動かす。

 これは案外、話の分かる相手かもしれない。


「分かりました。それじゃあ平和的に話をしましょう」


 私はさっそくこの場を乗り切る方策を考える。相手が人語を解する悪魔で、さらに協力的となれば打開策はいくらでもある。


「私がなんかすごいパワーを放って浄化するフリをしますので、死んだフリとかしてもらっていいですか? そうしたら聖騎士たちに撤退指令出して潔く帰りますから」


 それでも聖騎士たちは宝を探そうとするだろうが、宝の正体は毒とか爆弾などの危険物だと主張して止めればいい。なんなら【迷宮の蟻】にも口裏を合わせてもらおう。これにて一件落着。


「め、メリル・クライン様? よよよ、よいのですか? そんな……悪魔を見逃すなど……」

「いいんですよシャロさん。悪魔だからといって、罪のない者を傷つける必要なんてありません。見てくださいこの蟻さんを。とっても無害で優しそうな――」

「うん? そりゃ無益な殺生はしないけど、うちら根っからの武闘派だから。宝に手ぇ出したら誰であろうと容赦なくぶち殺すから」


 ガチガチと【迷宮の蟻】は大顎を鳴らして威嚇の姿勢を取った。

 シャロがまた飛び退く。私は舌打ちを放つ。黙ってろこの蟻畜生。こっちは宝なんぞに興味はないのだ。


「いいですか蟻さん。こちらはあなたの宝を奪うつもりなんてありません。聖騎士さんたちを説得して撤収してもらいますから、一芝居打つのに協力してもらえませんか?」

「へー。ボスさん、話の分かる人なんだ」

「ああ、そうだとも。この娘ほど心の清い者を我は知らん」


 得意げな顔で白狼が鼻を高くする。なんでお前がちょっと偉そうなんだと思う。

 が、【迷宮の蟻】は難色を示すようにその首を振った。


「でもごめん。ちょっとできないんだわ。っていうか今、うちらはあの聖騎士? とかいう人らに撤収して欲しくないわけ」

「……え? どういうことですか?」

「ん~~~~。プライド的にちょっと言いたくないんだけど~~~」


 ぶんぶんと首を回して【迷宮の蟻】は悩む仕草を見せる。

 その背に白狼がぽんと手を乗せ「この娘は信用できる。案ずるな」と説得する。責任を持てないから変な後押しをしないで欲しい。


 やがて【迷宮の蟻】は、諦めたようにため息をついた。


「なくした」

「は?」

「な、く、し、た、の!」


 逆ギレのような口調で【迷宮の蟻】が触覚を立てる。


「うちらも宝がどこに行ったか分かんなくなっちゃったの! だからわざと人間を呼び込んで、探してもらおうとしてたわけ!」

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