第84話『財宝を暴く⑨』

「メリル・クライン様……? 本当にお具合は大丈夫なのでしょうか……?」

「はい全然大丈夫です何の問題もないのでちょっと集中させてください」


 列車から馬車へと乗り継ぎ、現場への到着寸前になっても私はまだ思い悩んでいた。


「案ずるなシャロとやら。この娘は最良の事件解決を図るため、常に深謀遠慮を巡らせているのだ。今も数手先の未来を見据えているのだろう」


 白狼が得意げにそう言うと、シャロは怯えながらも小さく頷いた。

 列車の中で二日ほど過ごしたせいか、ほんの少しだけ彼女も白狼に慣れてきた様子がある。なお私はその間、ほとんど自室に引きこもって打開策を練っていた。悪いがシャロの話を聞く余裕もなかった。


 そもそもが軽率だったのだ。

 私は『宝が見つからなかったら撤収すればいいや』程度の軽い気持ちで任務を受けていた。

 だが白狼の方は『窮地にある【迷宮の蟻】を助けに行く』と解釈していたようなのだ。どうりで乗り気だったわけである。


 どうすれば白狼の機嫌を損ねずに任務を切り抜けられるか。


 教会は【迷宮の蟻】が秘する財宝を欲しがっている。

 過去の事例では国家予算規模の財宝が見つかった例もあるらしく、見つかるまで諦めることはないだろう。私が現場の聖騎士たちに撤収を呼び掛けても、何の根拠もなしには受け容れられるかは怪しい。


(たとえば……財宝の正体が危険な物っていう風にでっち上げて、危険だから迷宮ごと埋め立ててもらうとか……)


 未知の毒物とか爆発物とか。そんな言い訳をすれば可能性はある。

 だが、なぜ掘り当ててもいない財宝を『危険な物』と断言できるのか。そう問われると苦しい。果たして聖女の勘というだけでゴリ押せるか。


「しかし、薄気味の悪い街だな……」


 窓の外を眺めていた白狼がしげしげと呟く。

 こちらが悩んでいるのにまったく呑気なものである

 私も横目で風景を見てみると、赤レンガで組まれた豪華な屋敷がずらりと並んでいる。

 馬車の揺れが少ないのも、路面がよく舗装されているからだろう。


 ――なのに、一人も住民がいない。


 以前【誘いの歌声】に魂を吸われたとき、その腹の中に広がっていた光景を思い出す。不気味なほど静まり返った無人の街。あれと似た雰囲気がある。


「あ、あのですねっ。このあたりはレクシャムの領主が招聘した錬金術師たちを住まわせていた街区なんです。どのお屋敷にも研究工房が備え付けられていて、当時としては一級品の建物だったとかっ」


 努めて白狼に慣れようとしているのか、少し舌を噛みつつもシャロがそう解説する。

 確かに造りは立派だ。木窓は朽ち果て、レンガもところどころ崩れているが、少し修復すれば今でも十分に人が住めそうに思える。


「我にはよく分からぬのだが、金が尽きたからといってここまでの街がそう簡単に滅ぶものなのか?」

「は、はい。それはですねっ。もともとレクシャムは長年の大規模採掘が祟って、水源や農地がひどく汚染されていたそうなんです。金が産出するうちは外部から水も食糧も輸入できたのですが、それができなくなったということで……」

「ふむ、そういうことか。水も土もやられては確かに住むのは難儀となろうな――むっ」


 と、白狼が唸ると同時に馬車が速度を落とした。

 前方を見れば、行く手に数名の聖騎士が立っていて御者を誘導している。


「悪魔の匂いだ、近いぞ」


 そのまま誘導に従って進むと、街道の一部が大きく陥没していた。

 そこにぽっかりと口を開けているのは、奈落へ続くような洞穴である。


「おお、メリル・クライン様! まさか本当に来てくださるとは……!」


 馬車から降りると、聖騎士たちが一様にざわめいた。

 まさか聖女の娘がこんな地味な任務にやって来るとは思わなかったのだろう。涙ぐんでいる者までいる。


「では、さっそくあちらへ」

「えっ」


 洞穴を示され、私は咄嗟に拒否反応が出た。

 あんな暗い場所に。しかも悪魔が潜んでいるところに潜っていけというのか。迷宮探索というからある程度は覚悟していたつもりだが、実物を見るとやはり躊躇う。


「ちょっと待ってください」


 私は聖騎士たちから離れ、白狼を手招きで物陰に呼びつける。

 それからしゃがみこんで密談。


「ここからでも宝の匂いって分かりますか?」

「うむ……確かにあの洞窟から黄金らしき匂いはするのだが……」

「え? 本当ですか?」


 いや、と白狼は少しだけ首を捻る。


「大して強い匂いではない。残り香という程度だ。やはり後は潜ってみないことには分からんな」


 やっぱり行くしかないのか。

 何か言い逃れできないだろうか。そう思って私が憂鬱に洞窟の入口を振り向くと――


 ぴょこん、と。


 一匹の蟻が洞窟の入口から顔を出した。

 そのサイズは――おおよそ、人間の腕くらいあった。常識ではありえない巨大な蟻だ。


「で、出たっ!」


 私はびっくりして悪魔を指出す。間違いない。あれが【迷宮の蟻】だ。


「くそっ! また新しく湧いてきたか……! 総員、武器を取れ!」


 同時に聖騎士が動く。隊長格の一人の指示に従って剣を抜く。

 そんな様子を白狼がじっと見ている。ちょっと怪訝な顔で。


「あ、あのっ。隊長さん? 戦うのは少し待って――」

「ここは我らにお任せを! この程度の悪魔など、たちまち一掃してくれましょう!」


 シャロはといえば、蟻にビビッて遠くに離れていた。たぶんこの場で白狼の次くらいに強いだろうに、なんだ貴様。最前線に行け。

 今にも戦闘の火蓋が切られんとした、まさにそのとき。



「あれ? お仲間じゃん。何してんの?」



 実に呑気な口調で――しかしよく通る声で、誰かがそう言った。

 蟻に斬りかかろうとしていた聖騎士たちが足を止め、互いに顔を見合わせる。今、変なことを喋ったのは誰だ? といった感じで。


「そこの白いの。うちらのお仲間でしょ? おーい?」


 また同じ声。

 今度は全員が声の主を探していたので、全員が同じ方向に視線を向けた。


「あっれー? 聞こえてないー? もしもしー?」


 触覚をぶんぶんと振って陽気な声で話しているのは、ついさっき這い出してきた【迷宮の蟻】だった。


 ――え? 喋れるのこいつ?


 その場にいる誰もが、表情だけで雄弁にそう語った。

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