第82話『財宝を暴く⑦』

 レクシャムは三百年ほど前に存在したとある領邦国家の一地方である。

 かつては金の産出地として栄えたが、ある時期を境に産出量が急減。これに焦った領主は『人工的に黄金を生み出す術』――すなわち錬金術に傾倒する。


 領主は各地から賢者と謳われた者たちを招聘し、巨万の私財を惜しみなく投じて錬金術の研究を進めた。しかし有益な成果は得られなかった。

 その後、本格的に金資源が枯渇したレクシャムは衰退の一途を辿り、今では誰一人として住む者のいない廃墟群と化している。



―――――――……



「ふむ」


 翌朝の聖クライン駅。

 任務の特別列車を待ちながら、私はホームのベンチで任務の資料を読んでいた。事務方から朝一番で送られてきたものである。


(やっぱり財宝っていうのは黄金関係なのかな……?)


 資料に書かれているレクシャムの顛末は、昨晩の母から聞きかじった内容とほぼ一致していた。

 黄金にて栄華を誇り、その栄華を永遠に保つべく錬金術という眉唾物の話に縋り、結果としてすべてを失った。

 実に単純で分かりやすい没落ストーリーだ。


「没落のドサクサに紛れて、誰かがこっそり黄金を隠してた……とかあり得ますかね?」

「我にはよく分からんが、土地柄からして財宝が黄金の類という可能性は高いだろうな」


 私の足元で待機中の白狼が応じる。

 もしそうなら話が早い。白狼の鼻で一発解決だ。

 そうであることを軽く願いつつ、今度は【迷宮の蟻】についての資料を広げた。


 教会の記録では、過去の【迷宮の蟻】はいずれも遺跡などの近辺で発見されている。これは昨日シャロもそんなことを言っていた気がする。

 意外なのは発見された財宝の種類だ。貴金属や宝石といった分かりやすい宝はむしろ少数派で、穀物や酒樽といった食糧の備蓄がもっとも多い。

 他にも母の言っていたような工芸品の類や、火薬の製法や製鉄の技法といったものの技術書が見つかることもあったという。


 それから危険性について。侵入者に対し【迷宮の蟻】は威嚇で警告を示し、それでも迷宮に踏み込めば群れをなして襲い掛かってくる。ただ、宝の種類や遺跡の年代によって強さには大きく差が出る。先史時代の朽ち果てた穀物を護っていた【蟻】などは、個体数も少なく戦闘能力も低かったとのこと。


 読んでいて少し面白かったのが、この【迷宮の蟻】がどこからやって来るかだ。

 以前発見された古代の迷宮の中に、落書きとしてその経緯が一部記されていたそうだ。

 落書きが語るところによると――


『宝物の保管庫の工事をしていたら、大きな蟻がどこからともなく大量にやってきた』

『蟻は人間に危害を加えることなく、石や木を運んで工事を積極的に手伝い始めた』

『時の王はこの蟻を神の遣いとみなし、その働きを見守った』

『蟻を見守り続けていたら、保管庫どころか大層な迷宮が完成していた』

『王はこれをいたく喜び、その最奥に財宝を封じた』


 想像すると、なんともおかしな絵面である。

 急にやってきた得体の知れない蟻を信用するなんて、少なくとも現在の教会信仰国では絶対にあり得ない。

 だが――悪魔が神として信仰されていた例なんてそう珍しくもない。【弔いの焔】や【戦神】もそうだったし、【雨の大蛇】にいたっては現役で活躍している。

 昔の人たちは案外、得体の知れない存在に対して心理的距離が近かったのかもしれない。


 と、そこで――


「お待たせしましたっ!」


 シャロが駅舎をくぐってホームに駆け込んできた。


「ああはい。おはようございま……」


 挨拶しようとして私は思わずぎょっとする。

 シャロの目にはくっきりと深い隈ができており、黒いローブも昨日から着替えていないのか皺だらけだった。


「申し訳ありませんっ! 任務について書庫で下調べしていたら、いつの間にか朝になっていてっ! 慌てて走って来た次第で……」

「それはまあ、ご苦労様で……」


 事務方が資料を用意してくれているのだから、わざわざ自分で調べることもあるまいに。

 本音をいえば、用心棒として体調を万全にしておいて欲しかった。


 そんな私をよそに、どこか興奮したようなテンションでシャロは言葉を続ける。


「でもっ。面白い記録が見つかったんです。もしかしたらレクシャムは、本当に錬金術を実現させていたかもしれないって」

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