第81話『財宝を暴く⑥』

「というわけでママ。明日から任務に行ってくるから!」


 教会本部で【迷宮の蟻】の任務を請け負った私は、ひとまず自宅に戻って準備を整えていた。もっとも、荷造りなどはすべて使用人任せだが。


「いやぁ~。別に大したことないんだけどね? 実質ただの探し物みたいだし?」


 なんせ相手は聖騎士でも簡単に制圧できるレベルの雑魚悪魔で、さらに護衛として候補生のシャロも連れていくのだ。私に身の危険が及ぶことはまずありえない。

 そして何より、最大の勝算は――


「狼さんもしっかり食べて英気を養ってくださいね?」


 私はわざわざ白狼を食堂に招き、とびきり上等な肉を食べ放題で振る舞っていた。

 白狼は上機嫌そうに、次々と運ばれてくる皿を平らげている。


「ああ。どうやら我の得意分野のようだからな」


 口の端についた食べカスを舐め、白狼が自信に満ちた鼻息を鳴らす。

 そう。探し物とくれば白狼こいつの出番である。


「人間の財宝といえばおそらく貴金属や宝石などだろう。あれらには特有の金臭さがあるからな、探すのはそう難しくない」

「いや~。私は探し物とかあんまり得意じゃないので、ぜひお願いしますね~」


 揉み手で白狼をおだてておく私。

 もはやお手柄は確定事項。既に私は事件解決後の未来まで皮算用していた。

 私自身は金に不自由していないから財宝になど興味はない。教会に指示して、すべて気前よく慈善事業に充てさせよう。

 そうすれば私は慈愛深い聖女として、ますます崇められることになるだろう。

 新聞にも『メリル・クライン様が財宝を発見! 慈善事業に全額寄付! とてもすごい! 最高!』なんて絶賛記事が載りまくるはずだ。


 と、そこで母が、


「でも、そういう分かりやすいものじゃない場合もあるわよ~」


 そんなことを言いながら、卓上の一皿を手に取ってみせた。手土産のフルーツをカットして盛り付けたものだ。


「たとえばこんな遠方の果物だって、鉄道や航路が発展していなかった大昔では貴重な品だったのよ。塩や砂糖や香辛料だって、時代や場所によっては金銀に匹敵する価値があったわ。だから、思いもよらないものが『財宝』だったりすることもあり得るんじゃないかしら~」


 言われてみれば、なるほど。財宝だからといって必ずしも今現在まで価値のあるものとは限らないのか。最悪のパターンを考えれば、大昔の誰かさんが造ったよく分からない彫刻とかが出てくる可能性だってある。

 しかし、宝がゴミでも別に大した危険はないわけだし、行ってみて損はない。


「それにしてもママ。あの候補生っていう制度だけど、もったいないんじゃない? もっと働いてもらっていいと思うんだけど」


 任務についての話が済んだところで、私はふと昼間の件を思い出し、率直な感想を漏らした。ただでさえ悪魔祓いは人手不足で、私にまでたびたび無茶振りが回って来てしまうのだ。

 そんな状況であんな戦力を遊ばせておく理由はない。もっと積極的に現場へ投入すべきではないのか。そして代わりに私の引退を認めるべきではないのか。


「そうね。あの子たちは悪魔祓いとしては未熟でも、聖騎士に加入してもらえば相応の戦力になると思うわ」

「じゃあ、そうしたら――」

「でも、それはできないの」


 母はフルーツの刺さったフォークをぴんと立てた。


「仮にも候補生の子たちは『神から奇蹟を与えられた存在』なのよ。それがもし悪魔に敗れて殉死してしまったら、どうなると思う?」

「どうなるって……」

「教会の沽券に関わる、ということか」


 私よりも先に白狼が答えた。この犬は相変わらず妙なところで理解が早い。


「そう。『奇蹟を授かった者』が悪魔に殺されてしまえば、奇蹟を授ける神や、天使たる悪魔祓いへの信頼も揺らいでしまう。だから、一人前になるまで候補生の子たちは戦地から遠ざけているのよ」


 そこで私は無言のまま、自分を親指で示した。

 くいっ、くいっ、と。

 執拗に何度も。

 母に対して『私も戦地から遠ざけろ。聖女の娘が死んだらもっと大騒ぎだぞ。候補生どもより100倍くらい丁重に扱え』という熱烈な抗議メッセージを込めて。


「うふふ、メリルちゃんったらどうしたの? 唐突によく分からない自己アピールなんか始めちゃって」

「候補生の指導は任せておけ、ということだろう」


 とぼける母に勝手な解釈をする白狼。ちくしょう、なんだこいつらは。


 ――まあいい。


 教会が保身的な都合で候補生たちを甘やかすなら、横から掻っ攫って私の私兵にしてやろう。指導という名目なら誰も文句は言えまい。


「ところで、任務の行き先はどこなのかしら? 遠いところ?」

「ん。えーっと、鉄道で二、三日くらいだったかな? 東のレクシャムっていうとこ」

「レクシャム。あら」


 地名を聞いた母は、少し驚いたように目を丸くした。


「大昔、錬金術の都として栄えた土地ね」

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