第78話『財宝を暴く③』【※6月15日 内容を全面的に修正】

 庭で昼寝していた白狼を揺り起こし、私は(馬車の送迎で)教会本部へと向かった。

 眠そうにあくびを漏らす白狼だが、呑気にサボらせるわけにはいかない。聖騎士の任務にタダ乗りする予定とはいえ、少しは私も悪魔祓いらしくハッタリを利かせねばならないだろう。


 そこでこいつの出番である。

 現地に到着次第、白狼が嗅ぎ付けた情報をさも私が探知したかのように披露するのだ。

「あっちから悪魔の気配がします」とか「この悪魔は〇〇な性質です」とか。

 あとは指揮官っぽく後ろの方で腕組みしていればいい。


 と、そんなことを考えている間に、あっという間に本部に着いた。

 家から本部までは結構近い。正直、歩いてもあまり疲れない程度の距離なのだが、私や母が軽々に街中をうろつくと騒ぎになるので、できるだけ自重するように言われている。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

「はーい。お疲れ様ー」


 送ってくれた使用人に雑なねぎらいをしてから、白狼を連れて本部の門をくぐる。

 さて、まずは事務方のフロアに向かうとしよう。聖騎士たちの出撃スケジュールを聞き出して、ハイエナ作戦にもってこいな近場の楽勝任務を紹介してもらうのだ。


 古城めいた本部の入口では聖騎士たちが警備に立っているが、私は顔パスで余裕の通過だ。大理石の張り巡らされた通路をつかつかと進み、聖騎士の任務の割り振りを担当していた部署はどこだったかと一瞬立ち止まったところで、


「きゃあっ!」


 いきなり悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の方に向けば、近くの曲がり角のあたりで、眼鏡をかけた黒ローブ姿の少女が尻もちをついて転んでいた。その周りには何冊も厚い本が散らばっている。抱えて運んでいたのだろう。


「大丈夫ですか?」


 ドジな子が滑って転んだのだろう。そう心配もしていなかったが、無視もアレなのでとりあえず歩み寄って手を差し伸べてやろうとする。

 だが、近づこうとした私に対して少女は――


「ひぃっ!!!?」


 尻もちをついたまま、物凄い勢いで後ずさった。

 その顔は恐怖に引き攣り、全身がガタガタと震えている。


(……あ?)


 なんだこいつ。

 化物でも見たような顔をしやがって。私が誰だか分かっているのか。


「あああ……悪魔??? なんで???」


 が、少女の恐怖の対象は私ではなかった。

 彼女が恐怖の視線を向けていたのは、私の足元の白狼だった。


(なんだ。そういうことなら許してあげ……)


 ――いや、ちょっと待て。


 これまで白狼を聖騎士や教会の事務方連中に目撃されたことはあるが、普通に犬としか思われなかった。悪魔という正体を見破ってきたのは、ユノやヴィーラなどの悪魔祓いだけである。ということは、この少女もさては――


「もしかして悪魔祓いの方ですか!? 待ってください違うんです! この狼さんは悪い悪魔ではなくて!」


 慌てて私は弁明を始めた。

 そうだ。平気で白狼を教会本部に連れてきていたが、融通の利かない悪魔祓いと出くわしたら正体を見破られて騒ぎになる可能性があったのだ。

 なぜ私はそんなリスクに今まで気づかなかったのか――いや、よく考えたら最初の頃は「話の分かる悪魔祓いさんがこの犬を殺処分してくれないかな~」とか思って、わざと連れてきていたのだった。すっかり忘れていた。


「え、えっ? メリル・クライン様……?」


 私の弁明を聞いて、ようやく眼鏡の少女はこちらが誰か気づいたようだった。


「そうです! 私こそは聖女の娘メリル・クラインです! そんな私がしっかり管理してますから、この狼さんは大丈夫です! だからあんまり騒がないでください!」

「そ、そうなんですか……? 悪魔なのに大丈夫……?」

「ええ! 私が保証します!」


 必死に叫ぶ私のそばで、白狼はちょっと照れくさそうに前脚で鼻を掻いていた。その表情だけで「そこまで堂々と言われると照れるぞ」という内心が伝わってきて、実に不愉快だった。


 改めて少女に手を貸してやる。

 立ち上がった少女はこちらにお辞儀して、散らばった本を拾い集める。私より頭一つ以上は背が高かったが、猫背なのであまり迫力はない。顔つきからして、年もそんなに変わらないだろう。


「で、あなたは悪魔祓いなんですか? そのわりにはあんまり強そうに見えませんけど……」

「い、いえっ。わたしはただの候補生でして」

「候補生?」


 私はきょとんとする。

 候補生。そんな存在など聞いたことがない。


「はいっ。奇蹟の力を授かった者たちを集めて、悪魔祓いとして育成する制度です。メリル・クライン様ほどのお方には無縁でしょうし、ご存じないかとは思いますが……」

「へえ」


 言われてみれば。奇蹟の力を生まれもったからといって、即座に戦士として戦えるわけでもないだろう。最低限の訓練は必要なはずだ。ユノも幼いころに教会に保護された後、それなりの訓練を受けたと言っていた気がする。

 まあ、私は母のコネでそういう過程を全部すっ飛ばしてしまったわけだが。


「そっかそっか。それじゃあ、あなたは未来の同僚になるかもしれないわけですね」

「そ、そんな! とんでもありませんっ!」


 眼鏡の少女は子犬のようにぷるぷると首を振った。


「本物の悪魔祓いの皆様方に比べましたら、わたしの力など取るに足りないものでしてっ」


 なぁんだ、と私は落胆する。

 もっともそんな予感はしていた。白狼ごときに驚いてすっ転ぶような奴がそこまで強いはずがない。


「わたしなんて、聖騎士さんたち十名ほどと渡り合うのがやっとで……」


 ――あ?


「しかも聖騎士さんたちはハンデとして、銃の使用は控えてくださっているんです。もし実戦のように銃を使用されたら、わたしなんかではとても……」

「待ってください。銃以外の武器は使ってくるんですか?」

「は、はいっ。もちろん訓練用のものではありますが」


 前言撤回。

 普通にえげつないフィジカルの持ち主だった。


「この程度の些細な力では、あってもなくても同じようなものです……」

「十分すごいと思いますけど」

「全然そんなことありませんっ! わたしなんてただの凡人です! いえ、凡人以下ですっ!」


 なんだか腹が立ってきた。

 こんな体力モンスターが凡人以下というなら私はなんだ。虫ケラとでも言いたいのか?

 しかし眼鏡の少女はネガティブに熱が入って来たようで、目に涙を滲ませて悲劇のヒロインっぽく訴える。


「わたしは……自分の弱さが本当に情けないです! 素手では岩も砕けませんし、鉄を裂くこともできません!」

「素手じゃなければできるみたいな言い方ですね?」

「武器に頼れば誰だってそのくらいできますっ!」


 できるわけないだろうが。

 私にそのくらいの腕力があれば、この前のクソ植物だって余裕でへし折れたのだ。

 自虐のつもりだろうが嫌味な自慢にしか聞こえない。あってもなくても同じとかいうなら、その力を今すぐ私によこせ貴様。


「せっかく奇蹟の力を授かったというのに、こんなに非力で貧弱なのが本当に申し訳なくて恥ずかしくてみっともなくて、もう穴があったら入りたいと」

「自分のことを悪く言うのはそこまでにしておきましょう」


 私は少女の両肩にぽんと手を置いた。

 目を若干血走らせ、ぎりっと奥歯を噛みしめて。


「じゃないと――ちょっと怒ります」

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