第77話『財宝を暴く②』

『エルバにて非合法武装勢力を一斉摘発』

 先日、教会の信仰国に加わったエルバにて、大規模な摘発作戦が実施されていたことが分かった。周辺国とのハブとして鉄道網の敷設が見込まれるエルバにおいては、地上げを目的とした武装勢力の流入が確認されていた。

 このたびエルバ政府は武装勢力の拠点と支援者を独自のによって特定。教会の聖騎士団との共同作戦で一斉摘発を行った。

 支援者となっていた商会の幹部は現地での非合法な活動について指示を否定。「一部の現地担当者が功を焦ったがゆえの独断であり、組織的犯行ではない」と主張した。

 エルバ政府は商会との『平和的な和解』に応じる意向であるが、引き換えに鉄道敷設への資金提供を求めるものとみられ――……






「ふぅーん……」


 新聞を広げながら私はポリポリとクッキーを齧る。

 エルバでの宣教任務から、早くも一か月ほどが過ぎた。

 なんとか無事に任務を終え、長旅を経て聖都の家に戻ってすぐ、私は母に文句をぶちまけた。


 よくも騙してくれたな、と。

 聖女があんな卑劣な手段をとってよいのか、と。


 だが、怒髪天で憤る私に母が笑顔で差し出してきたのは、その日の新聞だった。

 そこに書かれていたのは――メリルを絶賛する記事だった。


『対立の歴史に終止符 エルバが正式に教会と友好条約を締結』

『悪魔祓いメリル・クラインの威光が、両者の間に雪解けをもたらした』

『この歴史的快挙は、メリル・クラインの最初の偉業として歴史に記されることだろう』


 などなど。

 それをじっと読み込んだ私は、母に対してこう告げた。


「――ママ。許すのは今回だけだからね」


 ふっと微笑んで。大人の余裕を見せながら。

 結果的にはなんだかんだ無事で済んだわけだし?

 手柄も私の総取りになったわけだし?


 トータルで見れば収支プラスだった。ならそこまで必死に怒る必要もないかもしれない。

 そうして私は母の騙し討ちを寛容にも許してやることにしたのだ。


 以降、すっかり私は新聞を読む習慣がついた。

 別に社会情勢に興味が出たわけではない。真面目な記事の大半は読み飛ばしている。私を取り上げて賞賛する記事だけを徹底的に探して読み漁るようになったのだ。

 無論、これまでも私を賞賛する声は多々あった。だがそれは『聖女の娘』とか『神の御子』などという私の肩書きを宗教的に持ち上げるものであって、具体性のないフワっとした賛美だった。


 だが、今は違う。

 私自身の具体的な活躍が賞賛されているのだ。

 エルバでの活躍もいつもどおりホラの産物なわけだが、最終的に調印が上手くいったのだから紛れもなく私の武勇伝だ。


 というわけでここ一か月ほど、新たな新聞を広げてはメリル・クラインの名を探し、お菓子を片手に楽しむ日々が続いていたわけだが――


(最近、私の記事が減ってきたなぁ……)


 最初のころは私を持て囃す記事が大量に掲載されていたのに、一か月も経つとどうでもいい別の記事ばかりが増えてきた。

 今日は見出しにエルバの名があったから「お?」と思ったが、私と無関係な捕り物の記事だった。ざっと読んだ感じ、トゥルメナと【戦神】が仲良く元気にやっているようだ。できればあまり目立たないようにやって欲しい。


 結局、今日の紙面には私の名前を見つけられず、私はゴミ箱に新聞を放り込む。


 と、ちょうどそこで庭の門が開く音がした。

 自室の窓から外を見れば、旅行トランクを抱えた母が使用人に迎えられていた。

 エルバの一件以降、母は私に任務を強要してこなくなった。代わりに自ら東奔西走して任務をこなしまくっている。

 そのせいで――新聞の事件欄が、どんどん母の活躍に塗り替えられつつある。


「ただいま~。お土産買ってきたわよ~」


 そこで母が部屋の扉をノックした。

 私は唇を若干尖らせ、内側から鍵を開く。


「帰り際に寄った市場に、南国の珍しいフルーツがあったの。一緒に食べましょ?」

「それはいいけど……ねえママ。最近ちょっと頑張りすぎじゃない?」

「そうかしら?」

「なんかいつもより任務が多いと思う。もうちょっと減らしていいと思う」

「う~ん。でも、なんだか絶好調なのよね~」


 トゲトゲした謎の果物をお手玉のように掌で遊ばせながら、母は飄々と言ってみせる。


「そっかぁ……」


 いいことではあるのだ。母が任務をやってくれる分、私に厄介事が回ってこなくなる。

 実際ここ一か月はこの上なく平和だった。家でひたすら食べて寝て新聞を読んでゴロゴロするだけで時間が過ぎてしまった。


「ねえママ? また宣教任務みたいなお仕事ってない?」

「うふふ。ああいうのはそう頻繁にあるものじゃないわよ?」


 そりゃそうだろう。

 歴史に刻まれるレベルの任務が、月一ペースであるはずがない。

 かといって、まっとうに難易度の高い任務に挑むなんて論外だ。賞賛欲しさに命を捨てるほど私は愚かではない。


(でも、せめて……せめて雑魚狩りくらいはしたい……!)


 しかし、賞賛されまくる愉悦を知ってしまった今、このまま私の話題が途絶えっぱなしというのは耐えられなかった。雑魚狩りでもなんでもいいから手柄を稼いで、少しは世間の注目を集めたい。ただ、問題は私が雑魚以下の弱さということである。


 ユノかヴィーラに同行してもらって退治を丸投げし、手柄だけ自分が横取りするという手もあるが、あの二人もなかなか多忙だ。そう頻繁には呼び出せない。白狼は私のことを博愛主義者か何かと誤解しているようなので、退治を丸投げしようとしても「なぜだ?」などと納得しないだろう。本当に面倒な犬だ。


 ――あ、そうだ。


「ねえママ? そんなに絶好調なら二人で一緒に任務とか行かない? 二人で立ち向かえばどんな悪魔だって楽勝だもんね?」


 媚びるような笑顔で私は母に申し出る。

 せっかく母が絶好調だというなら、便乗して手柄も二等分させてもらおう。


「あら? 今、なんと言ったかしら~? 聞こえなかったわ~」

「親子水入らずで仲良く任務に行こ?」

「聞こえないわ~」


 チッと私は舌打ち。

 ダメか。さすがに母を舐め腐りすぎた。白狼とかユノではあるまいし、この程度で騙されてはくれない。さすがは聖女。


 ならば――


「ねえママ。私、今から教会本部行ってくるから、フルーツは夕飯のデザートでお願い」

「あら? 何か用事かしら?」


 首を傾げる母に、ふふんと私は胸を張ってみせる。


「別に? ちょっとお散歩してくるだけ」


 以前構築した事務方の面々とのコネはまだ生きている。

 そこで聖騎士あたりの雑魚狩り任務予定を聞き出し――ちゃっかり同行させてもらおう。


 そして手柄をハイエナのごとく私のものにするのだ。

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