第71話『誰が為の戦か⑯』

 メリル・クラインは二人の悪魔祓いだけを連れ、森へと発った。

 忌まわしき【戦神】を討ち果たすために。


 だが、トゥルメナたちの同行は許されなかった。


『私の必殺技は周囲を巻き込んでしまうおそれがあります。残念ですが悪魔祓い以外の人たちを連れていくわけにはいきません』


 そう言ってメリル・クラインは、トゥルメナたちに待機を命じた。

 城内の軍議室に置き去られた代表団の面々は、諸悪の根源たる【戦神】の最期を見届けられぬことに、どこか歯痒げな表情を浮かべている。

 そしてその感情は、トゥルメナもまったく同じだった。


「……着慣れない服で疲れました。少し休んできます」


 その場を去ろうとトゥルメナは軍議室の扉に手をかける。


「お待ちを」


 ザークが背に声をかけてきた。


「よもや追うつもりではないでしょうな?」

「まさか。教会の悪魔祓い様のお言葉に逆らうわけがないでしょう?」


 冗談めかして笑ってみせたが、ザークは少しも頬を動かさなかった。

 さすがに鋭い。見透かされてしまったか。


「……幼い子供だった貴女が、どんな心情で戦ってきたか。我々はよく知っているつもりです」


 と、そこで。

 ザークの言葉に合わせて、他の面々も頷くように視線を送ってきた。

 代表団の前身だった治安部隊の頃から、ともに戦ってきた者たちが。


「貴女がそのつもりなら、我々はもはや止める言葉を持ちません。ですから――どうかご無事で。貴女なくして、明日よりのエルバは立ち行かないのですから」



―――――――――――……


 そうして、トゥルメナはメリル・クラインを追った。

 ザークたちはああ言ったが、どうせ自分の命に価値などない。今日ここで死んでも、誰かが適当な代役になって教会との書面に署名することだろう。


 つまるところ、ただの傀儡に過ぎない。


 教会との交渉をするまでの義理は果たした。ならばもう、お姫様ぶって自分の身を案じる必要はない。

 王城の裏に広がる森をひた進む。【戦神】の棲む最奥へと向かって。


 と、そこで。


(いた……!)


 メリル・クライン率いる悪魔祓いの一行が、ちょうど【戦神】の目の前に辿り着くところだった。

 人外の集団だから既に戦闘に入っているかと思いきや、ずいぶんと遅いペースで進んでいたようだ。想像以上に早く追い付けた。


 それに相対する【戦神】の本体は禍々しい巨木といった様相を呈している。

 ツタが縄のように絡み合って巨大な幹を形成し、頂点に禍々しい瞳を咲かせている。このおぞましい怪物を形容する言葉はまさしく『悪魔』を置いて他にないだろう。


『……来たか。悪魔祓いどもよ』


【戦神】がメリル・クラインたちを睥睨する。

 そこで、木の陰から白い犬がぴょんと飛び出てメリル・クラインの隣に並んだ。メリル・クラインが四六時中引き連れていた飼い犬である。

 なんだ、とトゥルメナは苛立つ。

 悪魔祓い以外の者は同行させられないと言っておきながら、飼い犬ごときを連れているじゃないか。


「どうも初めまして【戦神】さん。私はメリル・クラインと申します」


 メリル・クラインがぺこりと一礼した。

 その雰囲気は妙に飄々としていて、これから一戦交えようという態度には見えない。


『知っている。あの魔女の娘だな。ならば私の処刑人として不足はない。さあ、力を見せてみよ』

「ああ。それなんですが、処刑の前にちょっと確認したいことがあるんです」


 メリル・クラインが柔和に切り出す。


『……確認だと?』

「ええ。私はたとえ悪魔であっても、無辜の者を決して傷つけない主義なんです。なのであなたが本当に『悪い悪魔』なのか、しっかり確認させてもらいたいんです」

『何を今更』


【戦神】は嘲笑するように葉を揺らした。

 木陰から覗くトゥルメナも思わず拳に力が入る。この期に及んで、まだそんな戯言を抜かすのか。


『十年前の夜、この国の者たちは正気を失って争い合った。その元凶たる私を、よりにもよって無辜などと言うのか?』


【戦神】はその眼を大きく見開き、メリル・クラインに凶悪な眼光を向けた。

 だが、メリル・クラインは不敵に笑ってみせた。


「ええ、そうです。その可能性は大いにあると思っています」


 その言葉に一瞬だけ【戦神】が気圧されたように瞬きをする。


「確かに十年前、一斉にエルバの国民が正気を失って争ったことは【戦神】の仕業としかいいようがありません。それについては私も否定しません」

『ならば、なぜ私を無辜だと?』

「それは【戦神】の仕業であっても、あなたの仕業ではない――かもしれないからです」


 そこでトゥルメナは気づいた。

 メリル・クラインの背後に控える悪魔祓いの二人は、戦闘状態にすら入っていなかった。ほとんど無警戒のまま、その場でメリル・クラインの話に耳を傾けている。


「この国の初代の王様は、あなたの存在を隠すために、武人の姿をした【戦神】という虚像を作り上げました。そしてその【戦神】は数百年にわたって信仰され続けた。あらゆる神殿に人型の【戦神】を象った像があった、とも」

『……何が言いたい?』

「その状況下でなら『生まれる』ことも十分にあり得ます」


 メリル・クラインが人差し指を立てる。


「あなたのような『生物が変化した悪魔』ではなく、『信仰から生まれる悪魔』が」


 トゥルメナは息を呑んだ。

 悪魔の出自という話は聞いた。一概に悪魔といっても、発生過程にはいくつかの種類があるのだと。だが、まさか――


「この国にはもう一体、あなたとは別の【戦神】がいたのではないですか?」

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