第63話『誰が為の戦か⑧』
これまで私は何体か悪魔を見てきた。
その経験から、おそらく【戦神】については【雨の大蛇】や【弔いの焔】に近い存在だと考えていた。その地に住む人々の信仰が具現化し、土着の神としての性質を得たものだと。
しかし、どうやら違ったらしい。
「狼さんみたいな動物ベースの……というか植物ベースの悪魔っていう感じなんですかね?」
「そのようです」
しばし私は考える。
たとえば信仰から生まれた【雨の大蛇】は蛇の姿を取ってはいたが、その生態は生物としての『蛇』からはかけ離れていた。
一方、動物ベースの白狼は喋ったりするが、基本的な生態は狼のままである。鼻が利くのも爪牙で戦ったりするのも、すべて狼としての性質が強化されただけだ。
もし動物ベースの悪魔が、元になった動物の生態・性質を引き継ぐのだとしたら――
「燃やしちゃったりできません? 植物なんだからよく燃えますよね?」
「そうした手段は先遣隊の聖騎士たちで一通り試しましたが、通用しませんでした」
がくりと私は項垂れる。
そりゃそうか。そんな簡単な手段を試さないわけがない。
「【戦神】の本体は王都に生えているのですが、その根はエルバの国土中に張り巡らされています。そこから水分や養分を絶え間なく吸収し続けているので、とにかく生命力が尋常ではないのです。実際、僕の攻撃で本体の幹に風穴を空けても、すぐに再生されてしまいました」
「国中に根っこが……?」
「はい。さきほどの花も土中の根から伸びてきたのでしょう」
そう言ってユノは、青い花が咲いていた岩壁を眺めた。
要するに――今この地面の真下にも悪魔の根が潜んでいると。
私は決して迂闊に馬車から降りまいと誓った。地面に足を着いた瞬間、得体の知れない植物が絡みついてくるかもしれない。そんなのは怖すぎる。
「いやー。ユノ君、ありがと。助かっちゃった」
そこでヴィーラがこちらに駆けてきた。
ユノは彼女にも一礼する。
「いいえ。こちらの勝手な判断で、怪我人の治療をすべて任せる形になってしまい申し訳ありません」
「ううん。ナイスアイデアだと思う。そっか、温存かぁ」
そう言ってからヴィーラは「あ」と手を叩く。
「なんでメリル様があたしなんかを呼んでくれたのか疑問だったんだけど、もしかしてそのため? 怪我人が出ても、力を浪費しなくていいように?」
「何、そうだったのか? 娘よ」
その場の全員の視線が私に集まって、私はこう答えた。
「ええそうです」
半ば死んだ目で。ほとんど無表情で。
だって、そう答える以外にないじゃないか。ユノの話では、地面のすぐ下に悪魔の根が蠢いているのだ。となると、こちらの会話だって筒抜けだろう。
少しでも私が弱気な発言をしたら、また襲い掛かってくるかもしれない。
なので私は弱気ではなく、あくまで人道的見地からの撤退を提案してみせる。
「と、ところでヴィーラさん! 聖騎士さんたちの怪我はどんな感じですか!? もし酷いようだったら、一度引き返して体制を整えるという手も……!」
「うん。大丈夫大丈夫。みんな軽傷だよ。指とか腕を骨折してる人はいたけど、命に関わりそうな人は誰もいなかったから」
そう言うとヴィーラは聖騎士たちの方を指差した。
既に多くは身を起こし、治された手や腕の動きを確かめている。
「あとはね、ちょっと珍しかったのが筋繊維の断裂具合かな。異常な出力で筋肉が伸縮したせいで、全身ブチブチになってたんだ」
「本当にそれ軽傷なんですか?」
「腕とか脚とか生やすのに比べたら全然だよ」
腕とか脚とかを生やしまくっている人間の言葉なので説得力があった。
どうやら聖騎士連中の身を案じるフリをしての撤退は無理らしい。
と、そこで隊長格の聖騎士がこちらに歩んできた。
白狼に目で合図をすると、しっかり口を閉じて沈黙の了解を返してくる。
隊長は私たちの前に来ると、跪いて深く頭を下げた。
「メリル・クライン様。大変申し訳ありません。攻撃中止の命を無視してしまい……」
「あ、いえ。しょうがないですよ。悪魔に操られていたんですから」
「操られていた……のでしょうか」
隊長は苦し気に顔を顰めた。
己の愚行を悔いるように。
「確かに我々は冷静ではありませんでした。ですが、自分が何を考えてどう行動していたか、はっきりと覚えているのです。もちろん、今となっては向こう見ずな蛮行でしかなかったのですが――」
「自分を責めないでください。それこそが【戦神】の性質なのだと聞きました」
隊長のそばにしゃがみこんだユノが、フォローを入れるように言った。
「【戦神】は人間を完全に操るわけではなく、あくまで『本人の持つ戦意を過剰に増幅させる』という性質なのだそうです。ですから、本人は正気を失っていることが自覚できないと」
「あ、そっか。だから同士討ちとかしなかったんですね」
正直、私は特にそのあたりが不安だったのだ。
彼らの中で勝手に同士討ちする分にはまあ構わないのだが、万が一にも私に向かって攻撃してきたら対処のしようがない。
だが、あくまで本人の中にある戦意を増幅させるなら、私に危害を加えようとする者は聖騎士の中にいまい。今後もしそんな奴が出てきたら、ユノとかに取り押さえてもらって後日ちゃんと死刑にしよう――……
「ん? ちょっと待ってください」
そこで私はユノに視線を向けた。
「ユノ君。たった今『それこそが【戦神】の性質なのだと聞きました』って言いましたよね。そんな情報、誰に聞いたんですか?」
そうだ。さっきからユノは妙に【戦神】の生態に詳しかった。
単に一戦交えたというだけでは、ここまで詳細な情報は得られまい。
「はい。今回の調印相手である、エルバの代表団です」
「ああ、なるほど」
納得する一方で、私は少し警戒もした。
なぜなら、
「でもユノ君。エルバは――教会や悪魔祓いを嫌ってるんですよね? 本当に信用できるんでしょうか?」
最悪の可能性を考えるなら。
エルバの代表団とやらが【戦神】とグルになって、
「正直に申し上げますと、彼らは僕ら教会の人間を、決して好ましく思ってはいないように思います」
私の懸念を、ユノは素直に肯定した。
「やはり教会や悪魔祓いへの偏見は根深いのでしょう。言動の端々に違和感といいますか、しこりといいますか……そのようなものは数多く感じました」
「それなら、鵜呑みにするのはやっぱり軽率なんじゃ……」
「いいえ。それを差し引いてなお、提供された情報に嘘偽りはないと考えています」
ゆっくりとユノは首を振る。
「僕ら教会に対する嫌悪以上に、彼らは【戦神】を憎悪していました。特に、代表団の長はエルバ王族の遠縁に当たるという女性だったのですが――……」
そこでユノは言い淀む。
私が怪訝にしていると、彼は短く瞑目してから続けた。
「ただ『奴を殺せ』と」
「へ?」
「彼女の要求はただ一つでした。『【戦神】を殺せ』と。それさえ果たしてくれれば、どんな要求でも受け容れると。たとえ彼女自身の処刑ですら」
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