第61話『誰が為の戦か⑥』
「……ええと。それって、めちゃくちゃ教会に敵対的な国ってことですよね?」
そうだ。よく考えたら【戦神】とかいう訳の分からない存在を祀っている時点で、異端の悪魔崇拝者どもが暮らすヤバい土地なのは明らかだったではないか。【雨の大蛇】のペグ村がわりと長閑な雰囲気だったから、すっかり油断してしまっていた。
ヴィーラは相変わらずのほほんとした態度で答える。
「そうそう。今時珍しいよね。教会の非信仰国でも、そんなに関係悪くないところがほとんどなのに」
「そ、そうですよ! だって悪魔が出たら助けてあげたりしてるんですから!」
教会は決して狭量な組織ではない。たとえ非信仰国からでも、救援要請があれば悪魔祓いを派遣してやったりする。
引き換えに当該国内での布教活動の許可を求めたりはするが――基本的にどの国にとっても教会は『できるだけ仲良くしておきたい相手』なのだ。敵に回すなんて論外である。
「娘よ。エルバには【戦神】がいた。だからこそ教会に頼る必要がなかったのだ」
「あっ」
そうだった。その前提があったのだ。
教会の権勢の背景にあるのは『悪魔に対する戦力』である。それを自前で用意できていたエルバは、頑なに反教会の姿勢を貫けたというわけか。
「……でも、なんでそこまで悪魔祓いを毛嫌いするんですか?」
エルバのお国柄は分かったが、そこがよく分からなかった。
悪魔を倒してくれるし、怪我や病気も治してくれるし。どこからどう見ても有難い存在ではないか。信仰したくなる気持ちは分かれど、悪魔呼ばわりして敵対する気持ちは全然分からない。
そこでヴィーラがとんでもない問題発言を放ってきた。
「大昔、悪魔祓いの人たちが戦争でいっぱい人を殺したからじゃないかな」
「へっ」
私は一瞬だけ放心状態になる。
「ちょ、ちょっ! ヴィーラさん! 悪魔祓いが人を殺すだなんてそんな!」
「そりゃ今はないけど。昔はあちこちで普通にあったみたいだよ。あんまり普通にありすぎて誤魔化すのも無理があったのか、聖典でもほとんど認めちゃってるし」
ヴィーラはうろ覚えっぽく聖典を諳んじてみせる。
「『かつて悪魔祓いには蒙昧の時代があった。嘆いた神は天上より彼らの統率者を遣わせた』だったかな。その後は、この統率者さんのもとに悪魔祓いが集結して教会を築いたって話になるんだけど、この一言で流してる『蒙昧の時代』っていうのが――まあ、そういうことみたい」
私は眩暈を覚えた。
まるでこれまでの世界観がすべてひっくり返ってしまうかのような。
神の遣いである悪魔祓いが、そんなおぞましい所業に手を染めていただなんて。
(……あれっ)
しかし、冷静になってよく考えてみたら、目の前のヴィーラは四肢とか内臓をコレクションする危険人物である。
ユノも少し前までは、ひとたび暴れれば見境なく周囲を破壊し尽くす危険人物だった。
(なんか、意外としっくりくるかも……)
なんてこった。どっちも戦場で大暴れしている絵面が容易に想像できてしまう。
私の知ってる悪魔祓いで、まともなのは母しかいないではないか。
「娘よ。大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。なんか落ち着いてきました」
初任務前の私が聞けば青天の霹靂だったろうが、今では結構スムーズに受け容れられた。
「なるほど、分かりました。過去にそういう歴史があってエルバの人たちは悪魔祓いを拒絶してると――でも今回、教会を国教として迎えるということは、もう価値観が変わってきてるんですよね?」
「うーん。どうだろ」
ヴィーラは悩ましげに首を傾げる。
「少なくとも【戦神】のせいで内乱が十年も続いて、国全体がボロボロになっちゃったから、悪魔への憎しみはあると思うんだ。でも、だからといって別に教会のことを好きになったわけでもないと思う。国教化を受け容れたのは単純に打算かなぁ」
そう言うとヴィーラは再びエルバの地図を指し示す。
三角形の国土の南方に山脈。北方に二本の大河。
「エルバの国土は三角形をしてるけど、三辺それぞれが別の国と接してるんだ。で、その三か国はどれも教会の友好国。エルバも友好国に加われば、この三か国間での往来がとってもやりやすくなるでしょ」
ヴィーラが資料の一部を指差す。
そこに解説があったが、特に重要なのは南部の山脈らしい。この山脈には一か所だけ切れ目のような峡谷があり、そこを通れば山脈の北側と南側を自由に行き来できるのだという。
だが、その峡谷をエルバが押さえている。
外部からの侵入を阻むため、巨大な門が築かれて要塞化されている――とも。
「だからエルバはこう言ってるんだ。『教会を国教として受け容れ、すべての国境を解放する。その代わり、内戦からの復興支援をして欲しい』って」
「それは……要するに、身売り的な?」
「そうだね。教会に対して思うところはまだあるんだろうけど、生活の方が大事って感じかな」
つまり、まだ教会や悪魔祓いへの嫌悪は根強く残っている可能性が高いわけか。
「でもねメリル様。これってチャンスだと思うんだ。だってエルバの人たちを苦しめた【戦神】をメリル様が盛大に倒してみせれば、みんなが教会を見る目も変わるかもしれないよ」
私はさっと俯いてヴィーラから視線を逸らした。
だが、その位置にお座りしていた白狼と目が合ってしまった。
「……む。乗り気ではなさそうだな、娘よ」
「え、えっと! そうですね! その【戦神】という悪魔が、本当に悪い悪魔なのかも分かりませんし!? 誤解されているだけかもしれませんし!? まずは言い分をしっかり聞いてあげませんと!」
「ほう……【戦神】にすらその姿勢を崩さんか。流石だな」
白狼は嬉しそうににやりと笑ったが、そこでヴィーラがぽんと手を拳で叩いた。
「それならもうユノ君がやってたよ」
「へ? ユノ君が?」
「うん。現地で【戦神】の討伐に失敗した後、教会本部に速報を送って来たんだけどね。それに書いてた」
そう言ってヴィーラは資料の束から、一通の封書を取って広げた。
そして彼女が示した箇所には、こう記されていた。
『【戦神】は明瞭に人語を操る悪魔であり、十分に意思疎通が可能だった。そこで聴取を行った結果、【戦神】はエルバ国内における内乱の扇動を認めた。また、十年前の王家に対するクーデターも同じく扇動を認めた。その動機は、弱者を淘汰するためだったという』
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