第58話『誰が為の戦か③』

「え、えぇ~~!? 私が宣教任務の担当になっちゃったのぉ~!? どどど、どうしよぉ~? そんな大役、私にちゃんと務まるかなぁ~~!?」

「メリルちゃんならきっと大丈夫よ~。じゃ、よろしくお願いね~」


 ばたんと母が扉を閉じると同時、私は両手を天に掲げて拳を握った。

 すべて私の計画通りに進んだ。教会から帰ってきた母は「宣教任務の担当が、なぜか急にメリルちゃんに変更になっちゃったの~」と困惑気味に報告してきた。


 母は夢にも思うまい。その急な変更は、私の裏工作によるものだと。

 騙すようで少しばかり親不孝な気もするが、あんな風に私の前で依頼書を見せびらかしてきたのが悪い。


 あんなボーナス任務を横取りしない手はない。

 いくら事務方を味方につけたとはいえ、まったく仕事をしないわけにもいかない。適度に働いているフリはしないといけないし、いつか教会トップの地位を母から奪うためにも、私の名前に箔をつけておくことも大事だ。


 そうした事情を勘案すると、この宣教任務はまさにうってつけの仕事だ。

 今後はこういう仕事だけを積極的に掠め取っていきたい。


 今後の方向性がいい感じに決まり、私が一人で上機嫌に小躍りしていると、


「あっ、そうそうメリルちゃん?」

「ぴぎゃあっ!」


 いきなり母が再び自室の扉を開いてきた。


「マ、ママ! 開ける前にちゃんとノックして!」

「あら、ごめんなさい~。ところで何か今、とても嬉しそうに踊ってたように見えたけど」

「はい? いきなり重大任務を押し付けられたせいで子羊のように震えてただけですけど? 踊ってなんかいませんけど?」

「そうなの~? メリルちゃんってば意外と繊細なのね~。もっと図太い子だと思ってたわ~」


 そう言われて私はむっとなった。

 いったいどこの誰が図太いというのか。こちとらガラス細工のように美しくもデリケートな心を持つ深窓の乙女である。もっと丁重に扱われていいと思う。


「宣教任務に帯同させる人員なのだけど、一緒に連れていきたい悪魔祓いさんとか聖騎士さんはいるかしら? 要望があれば私から伝えておくけれど」

「む」


 私は顎に手を添えてしばし考える。

 戦力的にも、私への忠誠心的にも、もっとも信頼できるのはユノである。しかし彼は既に現地に駐留しているらしいから、そこで合流すればいいだろう。


 そこで私は、禁じ手ともいえる案を一つ思いつく。


(悪魔祓いを誰でも帯同させていいなら、ママを選ぶっていう手もあるけど……)


 しかし、母の手柄にさせないために任務を横取りしたのに、母を帯同させては意味がない。

 現地での働きぶり如何では、母にすべてを持っていかれてしまう可能性すらある。それこそ【誘いの歌声】事件の際は、母の任務だったにも関わらず、私が手柄の大半を奪い取る形となった。あの逆パターンにならないとも限らない。


 なので私は思案の末、こう決めた。


「じゃあ、ヴィーラさんをお願いできますか」


 現状、私はユノとヴィーラ以外の悪魔祓いと面識がない(母を除く)。

 どうせ危険はほとんどない任務なのだ。よく分からない奴を同行させてそいつに手柄を奪われるより、見知った二人だけで脇を固めて確実に私の手柄を確保した方がいい。

 ヴィーラも最低限の力を持つ悪魔祓いなのだから、道中の護衛としてもまあ十分だろう。


「あら。ヴィーラさんといえば、例のとっても優しい医務職さんね~」

「優しい。うん、まあ、うん。その人」

「じゃあ、その間は私が医務職の穴埋めをしておくわね~」


 母の解釈に若干の違和感は覚えたが、今は些事である。

 それに思わぬラッキーだ。多忙な医務職のヴィーラが予定を合わせられるかが課題だったが、母が代役を務めてくれるなら問題はない。


「あと、聖騎士さんについては私はよく知らないから、適当に信頼できそうな人を見繕ってもらっていい?」

「はいはい~。伝えておくわ~」


 あんまり戦力として期待はしていないが、聖騎士という権威ある集団がいることで防げるトラブルもある。それに最悪の場合、肉壁ぐらいにはなる。一緒に連れて行って損はないだろう。


 となると、残す懸案事項は一つ。


(白狼はどうしようかな……)


 あの犬畜生は今現在も、我が家の庭で変わりなく暮らしている。

 ここ最近の私が暇を持て余していたように、白狼も上等な餌を食って庭を元気に駆け回って、使用人どもにブラッシングをされて心地よさそうに昼寝をする毎日である。


 正直に言おう。

 私は近頃、こう思いつつある。


 ――あいつ、ただの犬では?


 最初のころは得体の知れない悪魔として怯える気持ちもあった。だが、しばらく自宅で飼ってみた結果、図体がでかいだけでそれ以外は想像以上にただの犬だった。ぶっちゃけ今は大して怖くなくなってきた。悪魔あいつを飼っているとバレたときの世間体がちょっと不安なだけである。


 まあ、私が弱いと知れたら襲い掛かってくるのではないかという懸念もなくはないのだが――


(あの犬、普通に馬鹿だからいくらでも口先で騙せそうだしなあ……)


 そう考えると、白狼は私にとってなかなか有用な存在となってくる。

 これまでの事件でもたびたび有用な情報を嗅ぎ付けてくれたわけだし。おまけに戦闘能力もなかなか高い。

 そもそも母曰く、白狼のような悪魔は『長く生きた獣が力を得たもの』だという。他の得体の知れない悪魔どもと違って、要するにちょっと小賢しくなったケダモノという認識でいいのかもしれない。


「ねえママ。狼さんも連れて行って大丈夫?」

「いいと思うわよ~。もちろん小さくなってもらう必要はあると思うけれど」


 よし。これで盤石の面子が揃った。

 これで任務内容はハンコをついて帰るだけ。なんならもう今から祝杯を用意すべきか。


「あ、そうそうメリルちゃん」

「うん?」

「急に宣教任務の担当者が変更になった理由なのだけど――」


 私は緊迫の表情で凍り付いた。

 まさか、私の暗躍がバレたのか。ちくしょう。事務方の誰が漏らした。今度そいつに盛大なパワハラを仕掛けてやる。覚えてろ。


「現地にいる先遣隊のユノ君が『メリル・クライン様がふさわしいと思います』と進言してきたそうなのよ。きっと、それが決め手だったんじゃないかしら?」


 そう聞いて、私はほっと緊張を解いた。

 いいぞいいぞ。あのガキ、上手く私に花を持たせようとしてくれたのか。図らずもオイシイ援護射撃である。今後ともその調子で私をヨイショし続けてくれたまえ。


「そっかぁ。それじゃ、私も期待に応えて張り切っていかなきゃ。ママもヴィーラさんとか聖騎士の手配よろしくね?」

「うん。任せておいて~」


 やり取りが済んで、再び母がばたんと扉を閉じる。

 今度はしっかり内側から鍵をかけて、私は上機嫌にベッドへダイブした。



―――――――……



「嬉しいわねぇ」


 愛娘の部屋に背を向けつつ――そして電信室に向かって歩きつつ、聖女はそう呟いた。


「ユノ君ったら、あの子のことを『最強の悪魔祓い』だって」


 かの地に巣食う亡霊たる【戦神】。それを討つべき最強の悪魔祓いとして、現地のユノはメリル・クラインの名を挙げてきた。

 そんな彼の推挙があったおかげで、この裏工作もずいぶんスムーズに進んだ。


 電信機の前に座った聖女は、教会の事務方に向かってこのような旨を打電した。


『後進の育成のため娘に任務を譲る件、協力してくださりありがとうございます。今後もどうかよろしくお願いします』

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