第57話『誰が為の戦か②』
正午を告げる聖都の号砲で私は目を覚ました。
むくりとベッドから身を起こして眠気に目を擦る。カーテンの向こうから差し込んでくる陽光は明々と眩く、清々しい一日を予感させた。
「ん~~~よく寝たぁ~~~」
大きく伸びをして全身をリフレッシュ。
最近の私の生活リズムはいつもこんなものである。
【弔いの焔】の一件以降、任務らしい任務も入っていない。
かくも平和な日々が続いているのは、私の地道な努力が実を結んだからだ。
いくら母が教会のトップとはいえ、任務の差配などの実務を担っているのは教会の事務方たちである。母にバレぬよう彼らを上手く掌握すれば、私が任務に指名される頻度を減らすことだって可能だ。
かといって直接的な恫喝で「私に任務を回すな」と脅すのは得策ではない。
万一にも母の耳に届いたとき、すごく怒られそうで怖いからだ。
なので私は、フレンドリーな態度で彼らに接近した。
事務方の部署を頻繁に訪れては「いつもお仕事ご苦労様です~!」と高級な菓子を差し入れ、その場で一緒に紅茶を囲みながら――事あるごとにこう熱弁した。
「確かに私は最強の力を持っています。ですが、たった一人ですべてを護ることはできません。皆が力を合わせているからこそ、今日の平和が保たれているのです」
という綺麗なご挨拶から始めて、
「故に、圧倒的な力を持つ私がなんでもかんでも解決してしまうのは、かえって平和を危うくしてしまうのです。悪魔祓いの層を厚くし、一人ではなく組織として苦難に立ち向かう構造を整えていくのが大事だと思うんです」
という方向に繋いでいき、
「具体的には、たとえばユノ君みたいな駆け出しの悪魔祓いにもっと多く任務を割り振るべきだと思うんです。成長の機会を与えてあげるために。もちろん最強の私がいろいろ解決してあげたい気持ちは多々あるのですが、涙を飲んでぐっとこらえているんです。というわけで――私の任務は極限まで少なくして他の人に割り振ってください。教会の将来のためにも、協力してくれますよね皆さん?」
という感じで締める。
教会本部のあちこちでこういう工作を続け、地道にシンパを増やし続けた結果、ぱったりと私に任務が振られなくなった。しかも事務方の連中からは尊敬の眼差しを向けられるようになった。まったく世の中チョロいものである。
そうして私は完璧な平穏を手に入れた。
教会の将来などぶっちゃけどうでもいい。今日の私がこうして惰眠を貪って暮らせればそれでいいのだ。
カーテンを開けて日光を全身に浴び、爽快感に浸っていた――そのとき。
「メリルちゃ~ん。もう起きてるかしら~?」
母が扉をノックしてきた。
しかし私はふっと微笑んで動じない。さては任務か、と怯えた過去の私はもういないのだ。組織内政治という大人の権謀術数を身に着けた私に、もはや怖いものなど何もない。
「なぁにママ? もうとっくに起きてるけど?」
余裕の笑みを浮かべて私は扉を開く。
髪の寝癖はまだ直していないが、まあそんなことはどうでもいいだろう。
「明日からママはしばらくお仕事に出かけるから、お留守番をお願いできるかしら~?」
私はふんと鼻で笑う。
ほら見ろ。やっぱり私への任務ではない。
「うんうん。もちろんいいよママ? お仕事頑張ってね?」
もうその手には乗らない。
以前【誘いの歌声】事件のときは、「留守番中に悪魔が襲ってきたら自力で撃退してね?」と言われて母についていった結果――否応なしに事件に巻き込まれてしまった。
しかし、世間知らずだった私もいくらか経験を積んだ。
母の不在中は、普通に教会本部に避難していればいいのだ。あのときは「教会本部に逃げたとしても、もし悪魔が来たら私がまっさきに迎撃に駆り出されるのでは?」と不安がってしまったが、もう根回しは済んでいる。仮に悪魔の襲撃があっても、私は後ろの方で指揮官面して応援していればいい。あとは他の悪魔祓いとか聖騎士がなんとかしてくれる。
「そうね~。私も宣教任務は久しぶりだから緊張しちゃうけど、頑張ってくるわ~」
と、母の口から聞きなれない単語が飛んできた。
「宣教任務? なにそれ」
「教会の教えを広めるお仕事ね~。分かりやすく言うと、外交のお仕事かしら。今回は、教会の教えを新たに国教として採用してくれる国があるから、その友好調印式に行くのよ~」
「……調印式?」
それはつまり外国に行って、ハンコを押して帰ってくる。それだけの仕事ということだろうか。
なんだ。母にもそういう息抜き的な楽勝任務があるのか。ならば私も今みたいに裏工作で手抜きしたって何ら問題はあるまい――
「このお仕事はとってもお手柄になるのよ~。強い悪魔を十体以上倒すのと同じくらいかしら~。それだけ重要なお仕事ということなのだけれど~」
「は?」
私は途端に真顔になった。
私のこれまでの討伐(もとい解決)実績に数えられているのは【白狼】【雨の大蛇】【誘いの歌声】である。合計三体。それが、たったハンコを押して帰ってくるだけで――十体分以上? 私の累計実績を遥かに上回るお手柄だと?
おかしい。許せない。そんなのはあまりに不平等すぎる。
あまりにも理不尽だ。今現在トップの地位に就いている者は、その地位に胡坐をかいているだけで、自動的にお手軽ボーナス任務で手柄が加算されていくのか。それではいつまで経っても私が下克上できないではないか。
「あ、ちなみにこれがその宣教任務の依頼書ね~。将来的にメリルちゃんもやることがあるかもしれないから、興味があったら読んでみて~?」
そう言うと母は私に依頼書を手渡してきた。
私は即座にそれを広げてみる。するとそこには、信じられないほど都合のいい好条件が記されていた。
『当該宣教対象国の王都には、先遣隊として悪魔祓いユノ・アギウス率いる聖騎士隊が既に駐留しており、現地での安全は確保済。調印式に赴く本隊の出立に際しては、必要に応じて他の悪魔祓いや聖騎士を自由に同行させてよいものとする』
既に現地での安全は保証されており、なんなら任意で追加人員を引き連れて行ってよいのだという。
ユノの名前が出てきたことは少し意外だったが、よく考えたら最近私が「もっと任務を振っていいと思う」と名指しで挙げていた存在だから、まあ当然かと一秒で思い直す。
「……ねえママ。この任務、緊張してるの?」
「ええ、そうね~。私ってあんまり目立つのが得意じゃないから~」
「ふぅん。そうなんだ」
「じゃあ、ママはこれから教会に打ち合わせに行ってくるわね?」
「ふぅん。へぇ。行ってらっしゃい」
私は鷹揚に頷いて、母が使用人たちに見送られて自宅の門を出ていくのを見送った。
間違いなく母が教会方面に向かったのを見届けて――私は自宅の電信室に駆けこんだ。
そして私は教会本部の事務方の連絡室に、次のような旨の電信を超速で打電した。
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます