第49話『あなたの願いは②』

「ねえママ……私、今度こそ悪魔祓いのお仕事を引退しようと思うんだ……」


 しくしくと涙を拭くフリをしながら、私は母に切り出した。

 中庭の花々を愛でていた母は、にっこりと笑いながら私に振り返る。


「あらメリルちゃん? それはどうして?」

「だって私、この前の任務を失敗しちゃったから……。任せられたお仕事を失敗しちゃうなんて、ママの娘としてありえないよね? この責任を取るには、もう引退するしかないよね……?」


 きらりと目の端に涙を潤ませ、極限までいじらしく。

 できるだけ哀れみを誘うよう、弱弱しい態度を取ってみせるが、


「そこまで気にしなくて大丈夫よ~。どういう事情だったかは狼さんから全部聞いてるから~」


 私は盛大な舌打ちとともに、げしげしと地面を踏みにじった。

 あのクソ犬畜生め。口が軽すぎる。誰の許可を得て勝手にベラベラとお喋りしてやがるのか。


「優しい悪魔祓いさんの慈善活動を見逃してあげるため、任務失敗の泥を被るなんてやっぱりメリルちゃんはとっても器が大きい子ね~」

「いやママ。ヴィーラさんは優しいというか、なんか方向性がちょっと違うというか」


 結果的に多くの人を助けていることに違いはないのだが、あれは慈善活動ではなく完全にただのヤバい趣味だと思う。白狼と一緒に追跡調査をしてみた結果、ちゃんと四肢の持ち主たちが五体満足で元気に暮らしていることは確認できたものの、私の中で未だ彼女は「犯罪者一歩手前」という認識である。


 そう思っていると、母が励ますように私の両肩に手を置いてきた。


「そういうわけでメリルちゃん? 気兼ねなく今後も悪魔祓いとして活躍してくれていいのよ?」


 それに対して私は、ひたすら頬を膨らませて抗議の意を示した。

 何が活躍だ。これまで私がやってきたのは、口八丁の適当なその場凌ぎでしかないと母もとうに知っているだろうに。


 私はきょろきょろと周囲を見回して、白狼が近くにいないことを確認する。

 この時間帯はきっと使用人たちから餌をもらっているはずだ。なんかあの犬畜生、あれだけ物騒な見た目をしているくせに、使用人たちと最近妙に仲良くなりつつある。


「ねえママ。腹を割って話そ? あと何件くらいお仕事片付けたら、私の引退を認めてくれるの? まさかずっと認めないってことはないよね?」

「そうね~。少なくとも親の私がまだ現役のうちは、メリルちゃんも現場でバリバリ働いてもらわないと~」


 母は微笑むような表情をしながらも、瞳はまったく笑っていなかった。

 明らかに本気だった。こうなった母はきっと梃子でも動かない。


 ならば――


「そっか。じゃあ私、ちょっとお出かけしてくるね?」

「あら。どこに行くの?」

「教会本部」


 そう言って私はにやりと笑った。


「ママが認めてくれなくても関係ないもん。私が教会本部に突撃して、偉い人たちに辞表叩きつけてくるんだから。ママと違って教会の人なら、私が脅せば誰も断れないだろうし」

「あら~。それは妙案ね~。さすがメリルちゃんだわ~」


 ところで、と母が人差し指を立てる。


「教会の事務手続きにおける、最高決裁権者は誰か知ってるかしら?」

「なんか偉そうな部屋にいる大司教のお爺さんでしょ?」

「あの人はね、事務を執行するだけの代理人。実際の最高決裁権者は――私よ」


 母は立てていた指を、自分自身に向ける。

 つまり母は、教会の連中を脅して無理やり辞表を提出しても無駄だと言っているのだ。たとえ提出されても、最高決裁権者としてそれを受理してやるつもりはないと。


「じゃあママ」

「何かしら?」

「そのポジションちょうだい? ちょっと遅めの14歳の誕生日プレゼントとして」


 ぎゅっと母の手を握って、媚びるように可愛い子ぶってみせる。

 その権力があればすべて解決だ。たとえ私に任務を振られても、権力をフル濫用して他の悪魔祓いに仕事をすべて押し付けられる。そして私は玉座にふんぞりかえっているだけでいい。


「ごめんね~。これはプレゼントできるものじゃないのよ~。悪魔祓いさんたちからの指名で決まるものなの」

「……指名?」

「ええ。教会に所属してる悪魔祓いさんたちが、誰が教会のトップにふさわしいか名前を挙げていって、一番多く指名された人がトップになるの」

「なにそれ、初耳。投票とかあるの?」

「う~ん。定期的に投票とかしてるわけじゃないのよね。悪魔祓いさんが誰か一人でも交代の動議を発したら指名会が開催されるんだけど、私になってからもう長いこと誰も動議を出してないから」


 私はちょっと考え込む。

 いちおう私も今は悪魔祓いの地位にあるから、たぶんその動議を発することはできる。

 事前に根回しすればユノは私を指名してくれるだろう。見逃してやったことを恩に着せれば、ヴィーラも協力してくれるかもしれない。つまり私の手元には合計三票。


「ママ。悪魔祓いって全員で何人いるの?」

「引退したり新規加入したりでたまに変動はあるけれど、今のところ31人ね」


 三票では全然足りなかった。

 今いる連中が誰も動議を発しないということは、ほぼ全員が母を信任しているのだろう。ということは、私とユノとヴィーラを含めても3対28。勝ち目はない。


(でも、逆に考えたらあと13人集めたら引退できるってことでは……?)


 なんかそう考えると、ちょっといけそうな気がしてきた。

 なんせ私はこの短い間に、二人も悪魔祓いを味方に引き込んだのだ。この天才的なカリスマをもってすれば、一年くらい騙し騙し頑張ればひょっとするといけるのではないか。


(そうすれば私は戦わなくてよくて、なおかつ誰よりも偉そうにできる……!)


 それこそ私の理想的な最終地点である。

 ふんふんと頷いて、私は母に尋ねてみる。


「ちなみにだけどママ。その最高決裁権者って役職名はなんていうの? 大司教の上だから超司教とか?」

「正式な役職名は『悪魔祓いの統率者にして神の信託を受けし者にして地上の守護者にして民衆を導きし者』っていう何の捻りもなくて無駄に長いネーミングなのだけど、誰もそんな役職名で呼ばないから、就任と同時に適当な肩書きが振られるわ~。私の場合はそれが『聖女』っていう呼び名なの」

「ふ~ん」


 それでは私が就いた場合は、さしずめ『二代目聖女』とかだろうか。

 二代目聖女メリル・クライン。なるほど。なかなか悪くない。


「ごめんママ。引退したいっていうのはやっぱり嘘」


 私はふっと微笑んで、母の肩をぽんと叩き返した。


「あら~。やる気が出てきたの?」

「うん。だから教えて欲しいんだけど、私でも余裕で倒せそうなくらい弱い悪魔っている? 今後はそういう悪魔だけを狙い撃ちでお仕事していきたいなって思うの。騙し騙しで」

「あら~? メリルちゃんならどんな悪魔だって余裕で瞬殺じゃない?」

「ママ。そういう茶番はいいから教えて。こっちは必死なの」


 私は母の胸倉を掴んで、若干のマジ顔で凄んでみる。

 母は相変わらず微笑んだまま、


「そうね~。どんな悪魔も弱いだなんて油断しちゃいけないのだけど……」


 少し勿体ぶってから、母は続ける。


「何の力もない四歳の女の子に倒されちゃった悪魔の話なら知っているわよ?」

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