第47話『罪科は焼け残る⑨』

「ごめんねメリル様。こんな夜遅くに」

「いえいえ構いませんよ」


 訪ねてきたヴィーラを、私は余裕で迎え入れた。

 彼女がどんな用件で私のもとにやって来たか、もうほとんど予想できていたからだ。


 私の用意した椅子に腰かけたヴィーラは、少し躊躇いがちに喋り始めた。


「あのさ……今回の事件なんだけど。メリル様にはちゃんと話しておかないといけないなってことがあって」

「おっと! みなまで言わなくて大丈夫ですよ! このメリル・クライン様はすべてお見通しです!」

「へ?」


 不思議そうに首を傾げるヴィーラに、白狼がゆっくり歩み寄った。


「貴様は無許可で一般人の治療活動をしているのだろう。そしてあの四肢や内臓は、治療のために病人たちから切除したもの――そうだな?」

「え。なんで知ってるの?」

「いや~。初歩的な推理ですよ、初歩的な」


 ほほほ、と私は得意げに勝ち誇る。

 実にいい気分だった。このまま彼女のモグリ治療行為に見て見ぬフリをしてやれば、ちょうどよく恩を売ることもできる。ヴィーラはあまり強くないとはいえ、個人的にコネのある悪魔祓いは何人いたっていい。


 白狼はヴィーラの前で謝罪のように頭を垂れている。


「女よ――すまんな。我はあの四肢や内臓から貴様の匂いがしたとき、貴様のことを残忍な殺人犯だと思ってしまった」

「うんうん。それは仕方ないよ。あの状況だったら、あたしだってそう思うもん」

「だが、この娘だけはそう思わなかった。貴様の無実を信じて、真実を導きだしたのだ」


 いいぞ犬。

 もっと私を褒めろ。持ち上げろ。崇め奉れ。


 内心でそう思いつつも、私はおほほと笑って謙遜してみせる。


「当たり前ですよ~。私たちは悪魔祓いっていう共通の志を持った仲間じゃないですか~。ヴィーラさんが猟奇殺人犯だなんて一瞬たりとも疑ったりしませんでしたよ~?」


 実のところ、真相に気づくまでかなりビビッていたのだが、そんな実態は伏せておく。ここぞとばかりにヴィーラには恩を売っておこう。


「というわけで! 今回は見て見ぬフリをしてあげますけど、次からはこんな騒ぎにならないよう気を付けてくださいね!」

「うん。気を付ける」


 八重歯を見せて微笑んだヴィーラは、こくりと頷いた。

 それから足元の白狼に「悪いのはあたしだから、気にしないでね」と撫でかけた。


「本当にごめんね。『生体活動が停止した人体部位』なら燃やしてくれると思ったんだけど、【弔いの焔】って厳しいんだね。元の持ち主が生きてくれたら燃やしてくれないんだ。どうやって判断してるんだろ? 不思議だよね」

「まあ、悪魔自体が不思議の塊ですから」


 冷静に考えれば、白狼のような動物風情が平然と人間の言葉を喋っているのも意味が分からないほど不思議なことだ。悪魔の生態は『そういうもの』と片付けるほかない。


「ところでヴィーラさん。【弔いの焔】はどこで手に入れたんですか?」

「最近治療してあげた人が、先祖代々こっそりと【弔いの焔】を祀ってたみたいでさ。切除部位の処理に便利そうだから、ちょっと種火を分けてもらったんだ」


 おそらく【弔いの焔】を祀っていた北方民族たちの末裔か。

【雨の大蛇】のときもそうだったが、存外に悪魔と共存している者は多いのかもしれない。


 と、そこで。

 ヴィーラはぬぅっと白狼に顔を近づけた。


「ねえねえ悪魔さん」

「……む?」

「相談なんだけどさ。もしよければ、今度ちょっと切除部位を食べてみない? それで味を気に入ったら、今後もたくさん食べて処理してくれると助かるなって」


 聞いた瞬間、白狼が「は?」とでも言いたげに口をぽかんと開けた。

 私も慌てて待ったをかける。そういえばヴィーラは、来る途中の馬車でも似たようなことを言っていた。


「ちょっ……ヴィーラさん。変なものを食べさせるのはやめてくれませんか?」

「まったくだ。我は人肉など食うつもりはないぞ」

「ええ。そんなにダメかな? 別に誰も傷つかないんだし、処理する手間も省けるし。みんなお得じゃない?」


 妙案でしょ、と言いながらヴィーラは両手で親指を立てている。

 私はヴィーラの肩に手を乗せ、ぶんぶんと首を振る。もしそんなことをして、白狼が人肉の味を気に入ってしまったらどうするのだ。最悪な餌付けをされては困る。


「ん-。そっかぁ。残念だなあ。でも困っちゃったな」

「困る? 何がですか?」

「まだあるんだよね。たくさん。腕とか足とか内臓。あたしの部屋に。たぶん百人分以上」

「……え? まだある?」


 頬を緊張にヒクつかせる私。

 うん、とあっさりヴィーラは肯定。


「一度に運んでこれる量にも限界があるから。今回は旅行って名目ですっごく大きな背嚢担いできたんだけど、そうそう頻繁に大荷物担いで外出するのも不自然だし、まだ全然処分できてないんだ」

「それって……その、腐ったりは」

「大丈夫。あたしの能力で毎日手入れしてるから、腐ったりはしないよ」


 ヴィーラがまた尖った歯を見せてにっと笑う。

 私が若干引いていると、ヴィーラは一人で斜め上を眺めて思案し始めた。


「そーだなぁ。悪魔さんが食べてくれないなら、地道に少しずつ片付けるしかないかあ。細切れにして川に流したり……あとはね、聖騎士さんたちの治療後に血塗れの包帯とか、それこそ腕とか内臓とかの廃棄物を焼却炉で燃やしたりするんだけど、ドサクサ紛れでそこにいくつか投げ込んでもまずバレないと思うんだ」

「……待ってください」


 私はまたヴィーラの肩を持って距離を詰める。


「そんな風に処理できる方法があるなら、大量に溜め込んだりしないで逐一少しずつ処分すればよかったじゃないですか。そうすればこんな騒ぎになることも――」

「うん、ごめん。それは悪かったなあって思ってるよ。今後は気を付けるから」


 ふうと私は息を吐く。

 分かっているならいい。まあ、掃除とか片付けがあまり得意でない人間はいる。ヴィーラもついついゴミとかを溜め込んでしまうタイプなのだろう。だから今回のように、安易に一度でまとめて処理しようとしてしまったと。


「でも、好きなんだよね。切除した腕とか足とか内臓とかを、ずらっと揃えて眺めるの」


 ――うん?


 いまいち理解が追い付かなかった私の前で、ヴィーラはうっとりと語り始める。


「メリル様は耳掃除って好き?」

「え? ええ、まあ……?」

「大きい耳垢が取れたら気持ちいいよね? それと同じでさ。寝室の壁一面にあれこれ飾って毎晩眺めて『いい仕事したな~』って満足しながら眠るんだ。いいでしょ?」


 私の顔から一切の表情が消えた。

 ヴィーラが眠るときの絵面を想像してしまって。


「枕元にはイチオシのを置いてるんだ。今置いてるのはね、悪魔の毒で緑色に変色した上に、丸太くらいに腫れあがっちゃった足のお肉。見るたびに『我ながら大変なものを治してやったぞ』って充足感があって。たまに抱き枕になんかしちゃって」

「ヴィーラさん」

「どうしても捨てたくないコレクションが十個くらいはあるから、それだけはキープしておいていい? そうだ、メリル様も今度あたしの部屋に遊びに来る? きっと楽しいよ? それとねそれとね、せっかくだし今度一緒に治療の夜勤してみない? ぐちゃぐちゃの人が来るほどテンション上がってとってもやりがいのあるお仕事だよ? ところでメリル様は脳も再生できる? あたしは脳だけは再生できないんだけど、メリル様とか聖女様ならきっとできるんだろうなあ羨ましいなあ一度でいいから見せて欲しいなあ脳味噌のお肉がぎゅるんぎゅるんって蠢いて治っていくとこ――」

「ヴィーラさん」


 私は真剣な眼差しで彼女を見据える。


「明日も早いので、今日はそろそろお互いに眠りましょう」

「あ、そう? どうせだからこのまま私もここで一緒に寝ちゃってもいい?」

「いいえ。私はできるだけ一人で眠りたい性格なので、申し訳ないですけど聖騎士さんたちの用意したテントに行ってください。お願いします後生ですから」

「そっか。それじゃ、また明日ね?」


 ひらりと手を振ると、ヴィーラは去っていった。

 一方、私と白狼は迫真の真顔のまま、それを見送る。


「……娘よ」

「はい。狼さん。聖都に帰ったら、徹底的に追跡調査しておきましょう」


 本当に今回墓場に捨てられていた肉片の持ち主たちが、ちゃんと無事だったのか。

 たぶん大丈夫だと思う。たぶん大丈夫だとは思うが、なんかちょっと今のやりとりで不安になってきた。


「いちおう問うが、あれは『優しい人』という定義に当てはまっているのか?」

「ごめんなさい。頭ごなしに悪い人と決めつけるのもダメですが、いい人と決めつけるのもダメでした」


 悪魔祓いに悪い人などいないと思っていたが――。

 ぶっちゃけ、ヴィーラはだいぶアウト寄りだった。


 たまたま悪魔祓いとして治癒能力を持っていたから社会の役に立っているが、そうでなかったら本当に猟奇犯罪に手を染めていたようなタイプの人間だと思う。本当に申し訳ないけど。


「……ふっ」


 そこで、白狼が小さく笑った。


「安心したぞ、娘よ。貴様とて完璧ではないのだな」


 そう言われた私は、つい反射的に唇を曲げてしまった。

 なんだてめぇこの野郎。当たり前だろうが。こっちがどれだけ苦労して死ぬ気で虚勢を保っていると思っているのだ。

 私も母みたいに完璧な存在だったらどれだけよかったか。


「はいはい。私はどうせダメダメな親の七光りですよ」


 私はそう不貞腐れて、毛布にくるまって就寝の姿勢に入った。

 白狼はそんな私を見て何かもの言いたげな表情をしていたが――やがて微かに苦笑して、静かに伏せの体勢を取った。

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