第46話『罪科は焼け残る⑧』
馬車が牽いてきた宿泊用の寝台車で、横になった私はふうと一息ついていた。
教会には「任務失敗」と報告してお茶を濁すしかないが、とりあえず私がこの場でヴィーラと戦ったりする必要はない。それだけでも十分すぎる結果だ。
ぐっすりと眠って、明日の朝一番で聖都に帰ればそれでお終い――なのだが。
「……狼さん? どうかしたんですか?」
寝台車の隅っこで、白狼が壁に向かったままずっと不動のお座りをしている。
かれこれもう一時間以上は。
最近は白狼の存在にも(不本意ながら)少しだけ慣れてきたから、同じ寝台車の中で眠るのもそこまで怖くはなかった。しかし、こうも露骨に不機嫌な態度を取られると私もちょっと緊張してしまう。
「なんでもない。気にせず休め、娘よ」
「いや。明らかに機嫌が悪そうですよ。そんなピリピリした雰囲気じゃ私も眠れません」
苛立ちをこじらせた白狼が、もしかしたら私の喉笛に嚙みついてくるかもしれない。
慣れてきたといっても悪魔は悪魔。そこまで全幅の信頼を置いたわけではない。
「……娘よ。我は貴様と出会うまで、教会の連中は悪魔の言葉になど耳も貸さぬ者ばかりだと思っていた。悪魔と見れば無条件に討つだけの、野蛮にして蒙昧な連中だとな」
「え、ああ。はい」
私だって別にドゥゼルの事件のとき、白狼の言葉を真に受けたわけではない。
ただ単に、その場で戦わない理由付けとして、白狼の主張を信じたフリをしただけだ。
「だが……此度の事件、蒙昧だったのは我の方だった」
白狼は俯けた頭を壁に擦った。
「正直に言おう。墓場にあった肉片からあの女の匂いがした時点で、我はあの女を八つ裂きにすべきだと考えた。どんな言い訳を喚こうが、問答無用でな」
「いっ、いえいえ! その状況では仕方ありませんよ! ものすごく紛らわしかったわけですし!」
「仕方ない、という話ではないのだ。我は、我が最も忌み嫌っていた者たちと同じ考え方をしてしまっていた。『疑わしきは罰せよ』と」
白狼が頭を振って、寝台車の壁にごつんとぶつけた。
私はその様子を見て、こう思った。
――意外とウジウジする性格なんだこいつ。
まあ、とりあえず不機嫌の矛先が私に向いているわけではないと分かって、少し安心はできた。
それに悪魔ごときが一丁前に自己嫌悪している姿は、なんかちょっと面白かった。
安堵した私は適当な励ましの言葉を投げかけてやる。
「いいじゃないですか、別に本当に八つ裂きにしちゃったわけじゃないんですから。次に同じようなことがあったら、もっと慎重に考えればいいだけです」
そう言って、私は寝台の毛布を被る。
白狼はそれでもしばらく壁と向き合っていたようだったが、やがて大きく息を吐く音がした。
「……そうだな。そうするとしよう」
そうして、ようやく穏やかに眠れそうという雰囲気になったとき――床に伏せかけた白狼が素早く馬車の扉を振り向いた。
それとほぼ同時に、扉が外からノックされる。
「――メリル様。ちょっといいかな? 大事なお話があるんだ」
ヴィーラの声だった。
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