第45話『罪科は焼け残る⑦』

「なっ! 被害者たちはあれだけ切り刻まれてなお、今も生かされているというのか!?」


 白狼が愕然と叫んだ。

 背筋の毛と尻尾をぴんと立て、全身から怒りを発散している。


「落ち着いてください。おそらくこの事件にというのは存在しません」


 私は白狼が暴走しないよう待ったをかけた。

 これから私が述べるのは『今すぐヴィーラと戦わないための言い訳』ではあるが、限りなく真実に近いという確信があった。


「馬鹿な。あれだけ手足や内臓を引きずり出されていて、被害を受けていないわけが――」

「狼さん。一つ聞きたいのですが、あのバラバラ死体……らしきものからは、焼け焦げた臭いはしましたか? ほんの少しでも」


 私に問われると、白狼ははっと瞬きをした。


「いや……。犯人の臭跡を追うことに集中していて気づかなかったが、確かにあの肉片からは少しも焼けた臭いがしなかった」

「でしょう? なら、やはりあれは『死体ではなかった』んです」

「同じことだ。四肢や内臓を奪われ生かされているなら、死ぬよりなお残虐かもしれん」


 ふっふっふ、と私は腕組みをして笑った。

 余裕綽々な私の態度を見て、白狼が僅かに首を捻る。


「では狼さん。あそこに落ちていたのが、大量のトカゲの尻尾だったらどう思います? 大量のトカゲ虐殺があったのだと思いますか?」

「……何の話をしている? トカゲの尻尾が今、何の関係がある?」

「関係大ありも大ありです。今回の事件は、それとほとんど同じ状況だったんです。いいですか狼さん」


 私はびしりと白狼を指差して宣告した。


「――高い治癒能力を持った悪魔祓いなら、人間の手足くらい生やせます」


 この依頼を受ける前、母は言っていた。

 教会本部に務める医務職の悪魔祓いたちは『死んでなければどんな怪我でも大丈夫』と保証できるほどの能力を持つと。


 そして母自身もそうだ。これまで強力な悪魔と激闘を繰り広げた際など、何度か手足を飛ばされたり、腹に大穴が空けられたこともあるらしい。

 だが、白狼も知ってのとおり、現在の母は普通に五体満足でピンピンとしている。理由は簡単、自力で治したからだ。

 本人も「本気出せば手足なんていくらでも生やせるわ~。心臓も余裕よ~」とまで豪語していた。


「さきほどの隊長さんは捨てられていた四肢について『どれもひどく痛めつけられていた』と言っていました。中には骨から歪んだものまであったと。これは拷問を受けたわけではなく、四肢の持ち主たちが、もともとそういった怪我や病気を抱えていたのではないでしょうか?」


 私は治癒の奇蹟について詳しく知らない。

 しかし単純なイメージとして『骨折して歪んだ形のまま骨がくっついてしまった場合』など、それを治すのは簡単ではない気がする。なんせ生理的にはいちおう既に『治っている』わけだから。慢性的な病気などで肉や骨が変質してしまった場合も同じだ。


 規格外の能力を持つ母ならたぶんどうとでもなるのだろうが、そうでない悪魔祓いなら治癒のために他の手段を講じるかもしれない。たとえば『一度切り落として、新しいのを生やす』とか。


「……四肢を生やした、か。なるほど。その視点は我になかった」


 私の推論を聞いた後、白狼が慎重に尋ねてくる。


「だが、あの女が治癒担当の悪魔祓いという根拠はあるのか?」

「自分のことを『悪魔祓いの中でも下から何番目かには弱い』と言っていたあたりですかね。戦闘職じゃないなら納得ですし――それにあれ見てください」


 私は焚火の周りで未だ男どもにチヤホヤされているヴィーラを親指で示した。


「聖騎士にとって悪魔祓いは崇拝と尊敬の対象であって、そうそうあそこまで距離感近くないと思うんですよ。でも治癒担当なら聖騎士たちの世話をしてやる機会も多いでしょうし、実際さっきも隊員からデレデレと感謝されてましたし。っていうか」


 私はすたすたと歩いて、ちょっと離れたところでキャンプの見張りをしていた隊員に話しかける。


「ヴィーラさんですけど、医務職の悪魔祓いさんですよね?」

「え、はい。そうですが……」

「やっぱりそうですよね。ありがとうございます」


 そしてまた私はすたすたと白狼の元に歩いて戻る。


「どうですか狼さん。これで間違いなくあの人が医務職だって判明しました」

「あ、ああ……」


 別にそこは隠しているわけでないだろうから、普通に聞けばいいのだ。

 白狼はしばし無言で考えた後、まだ少し食い下がった。


「だが娘よ。あの女が治癒能力を持っていて、あの四肢や内臓の持ち主が生きているからといって、今の推理のとおりとは限らんだろう」

「ええ。もちろん、ヴィーラさんが悪党という可能性もあります。その場合――」


 私は遠い夜空に視線を向けた。

 どんより曇っていて、生憎と星空は拝めない。


「最低でも数十人の人間から四肢や内臓を奪った上で、なおかつそれを一人も殺さないようギリギリのところで生かし、犯行が発覚しないよう被害者たちを全員どこかに監禁し、その後も死なないよう定期的に世話をし続け、並行して悪魔祓いの激務を完璧にこなし、寸暇を惜しんで新たなターゲットを探しに徘徊する……という、びっくりするほど忙しすぎる人間になってしまいますが」


 たぶんそこまでの芸当は母ですら不可能だと思う。

 さらにいえば、ヴィーラは宿舎暮らしのようだった。宿舎の職員や聖騎士たちの目が四六時中周りにあると考えたら、今の無茶なスケジュールの実行難易度はさらに上がる。


「あの四肢や内臓の持ち主が『死んでいない』と分かった時点で、もうあれを猟奇犯罪と考える方が難しいんです。どうしたってヴィーラさんの行動に無理が出ます。まあ、ダメ押しに確定的な証拠が欲しいというなら、なくもないですが」

「証拠?」

「さっき隊長さんが、発見された四肢や内臓のサンプルを取ると言っていたでしょう? 聖都に帰った後にそれを拝借して、臭いを追ってみるといいですよ。五体満足で過ごしているが見つかると思います」


 勝利宣言とばかりに私は勝ち誇る。

 そもそも、おかしいと思ったのだ。悪魔祓いとは神より祝福された人間である。どう罷り間違っても、猟奇殺人犯なんかを神が祝福するはずがない。

 ヴィーラもまた悪魔祓いである以上、きっと心根は優しいに決まっている。

 私の母と同じように。


「しかし娘よ……治療というのは納得したが、なぜ四肢や内臓をこんな場所に捨てる必要があったのだ? しかも悪魔を使って証拠隠滅を図るなど」

「母は『医務職はしがらみが面倒』と言っていました。『治癒の奇蹟の濫用は禁止されている』とも」


 教会の言い分も理解はできる。

 治癒の奇蹟でなんでもかんでも治してしまえば、世界中から教会へと傷病人が押し寄せて、聖都は大パニックになるだろう。奇蹟にばかり依存して、まっとうな医術が発展しなくなるかもしれない。


 ただ、目の前に苦しむ人がいて、自身にそれを治す力があったら、優しい人はどんな行動を取るだろうか。


「たぶんヴィーラさんは、教会に黙って一般人を治療してるんだと思います。それがバレるとまずいから、証拠を燃やそうとしたんです」

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