第42話『罪科は焼け残る④』
願ってもみない僥倖だった。
まさかユノ以外の悪魔祓いが自ら同行を希望してくれるとは。
有頂天になりかけた私だったが、ふと思いとどまる。
「念のため確認ですけど……ええと、ヴィーラさん? 力を解放すると暴走してしまうとか、そういう感じの悪癖ってあったりしますか?」
「ん? 別にそういうのはないけど」
「じゃあ他に何か、戦闘に対して懸念事項とか不安要素とかあったりします?」
もう私は騙されない。
【雨の大蛇】のとき、護衛役として期待していたユノは当時役立たずだった。今回のこの女性も同じような問題を抱えているかもしれない。
「そうだねー。あたしはメリル様ほど強くないし、ユノ君にも及ばないかな。たぶん悪魔祓いの中でも下から何番目かには弱いと思うよ。でも」
そう言ってヴィーラは、エントランスに集まっている聖騎士たちをじろりと眺めた。
「ここにいる全員を相手にしても、とりあえず負けないとは思う」
にっ、と歯を見せてヴィーラは笑う。
エントランスにいる聖騎士はざっと見ただけでも数十人。これを相手取って負けないほどの力があるなら、とりあえず野良の殺人鬼を相手にするには十分である。
殺人鬼が【弔いの焔】以上に強力な悪魔を従えている可能性も依然残っているが、その場合は白狼がその悪魔の臭いを現場で探知してくれるだろう。その時点で一旦、適当な理屈を付けて引き返せばいい。
もっとも、そんじょそこらの殺人鬼が強力な悪魔を従えている可能性など限りなく低い。
ならば今からすぐ現場に赴いて、犯人を追跡したのち、確保だけはヴィーラに丸投げするのが賢明かもしれない。
そうすれば私の手柄になって、またしばらく休暇を貰う口実ができるわけだし。
「……ふむ。見学ならもちろん大歓迎ですよ。実地研修として少しばかり働いてもらうかもしれませんが」
「うんうん。そだね。見てるだけじゃ退屈だもんね」
私の提案に対し、ヴィーラはあっさり頷いた。
よし。言質はとった。これで私はこいつを手駒として自由に扱える。
「でも意外だなぁ。メリル様って指導とかも得意なんだね。聖女様は前に教導職をすぐ辞めちゃったんだけど」
「え。なにそれ初耳です」
ヴィーラはまた歯を見せて笑った。少し尖った八重歯が見えた。
「聖女様は強すぎて参考にならなかったんだよね。他の悪魔祓いが束になってかかっても、ほんの一瞬で叩きのめしちゃうから。いやー。前に訓練してるところ見たんだけど、正直あたしなんかは何が起きてるかまったく見えなかったなぁ。気が付いたら先輩の悪魔祓いたちが死にかけてて笑っちゃった」
「えっと……それは、うちの母が申し訳ないです」
「いいよいいよ。あたしは見てただけで参加してなかったし。無謀に挑んだ先輩たちの自業自得だし」
普通の人間と悪魔祓いの間に隔絶した差があるように、普通の悪魔祓いと母の間にも隔絶した差があるようだ。
言われてみれば先日の【誘いの歌声】事件のとき、ユノが最後に弓矢の大技を放っていたが、どうも母の放つ拳は一撃一撃があの威力に匹敵するらしい。母は「私の攻撃と同じくらいの威力を出せるなんて大したものよ~」と褒めていたが、他の悪魔祓いからしたらやっていられないと思う。
「ところでメリル様。いつごろ出発するの? ユノ君が帰ってくるの待つ感じ?」
「あ、そうですね……」
代わりの護衛役を確保できたから、ユノをわざわざ待つ必要はない。
しかし今すぐ出発というのも不自然だし、そもそも教会本部に赴いた表向きの理由は別にある。
「これから少し資料室に寄って、【弔いの焔】について調べておきたいんです。もしその間にユノ君が帰らなければ、一緒に出発しましょう」
―――――――……
【弔いの焔】
かつて極寒の北方地帯に住んでいた民族が崇拝していた存在。
夏でも溶けぬ凍土に覆われたその地では、死者を埋葬することすら難しかった。
そんな環境下で生まれた悪魔が【弔いの焔】と推察される。
その生態は『死者の遺体のみを燃やす炎』であり、基本的に生者に害をもたらすことはない。
彼の民族は死者の遺体を【弔いの焔】に捧げ、炎へと還した。それと引き換えに【弔いの焔】は、永続的な光と温もりを彼の民族に与えた。
死せる者たちの中においても「死すれば炎へと還り、子孫を見守る灯とならん」という信仰があったという。これは一種の祖霊信仰ともみなせる。
しかし、時代を経て多文明との交流が生まれるにつれ、彼の民族は衰退していく。凍土に閉ざされた過酷な環境から、より温暖な南方へ移住する者が増え、次第にその数を減らしていったのだ。
やがて北方のその地に住まう者は一人としていなくなったが、【弔いの焔】は移住していった者たちとともに、各地に散逸した。
これは祖霊信仰を捨てられなかった者たちが、移住の際に【弔いの焔】の種火を所持していたためだと思われる。
遺体のみを燃やす存在のため、遺体の密集する場所――墓地や古戦場などにおいてしばしば発生する。通常の炎と異なり、非常に温度が低いため判別は容易。
その性質から、悪意ある人間に用いられた事例が多数ある。
骨まで残さず遺体を焼き尽くし、延焼のおそれもないため、主に殺人犯による隠蔽工作などに用いられたが――本来の役割を大きく逸脱する使途ゆえか、殺人犯に用いられた【弔いの焔】は例外なくその後に凶悪化し、生者すら焼き尽くす危険性の高い悪魔へと変貌している。
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