第41話『罪科は焼け残る③』
教会本部の敷地内には、ゆうに千人以上が居住できる大規模な宿舎がある。
ユノはその宿舎の最上層――悪魔祓いや聖騎士の幹部たち専用のフロアに住んでいる。前回の【誘いの歌声】事件の後、ちゃっかり住所を聞き出しておいたのだ。
悪魔祓いなら誰もが聖都に邸宅を構えられるほどの報酬は得ているはずだが、宿舎の最上層に住んでいれば身の回りの世話をすべて宿舎の職員がやってくれるので、ここに住み続ける者も多いらしい。
教会としても本部に常駐する戦力が多いに越したことはないので、悪魔祓いについては賃料も原則タダとなっている。
そんな宿舎のエントランスで――
「申し訳ありません。ユノ・アギウス様は現在任務で出張中です。聖都に戻るのは三日後の予定となっております」
私は凍り付いていた。
護衛役として期待していたユノがまさかの不在。よく考えたら、悪魔祓いは基本的に人手不足が慢性化しているのだ。そう都合よく、ユノが暇を持て余しているわけないではないか。
「もし御用件があったのでしたら、ユノ様が戻り次第伝えておきますが……」
「あー……そうですね」
宿舎の管理員の提案に、私は口ごもった。
ユノの戻りは三日後。しかし私はそう悠長にしていられない。犯人の臭跡を残すため、発見された四肢や内臓を現地でそのまま保存しているらしいが、あまりモタモタしていると腐ってしまうのだそうだ。
どうすべきか私が迷っていると、
「あれ……メリル・クライン様じゃないか?」
「えっ。そういえば確かに……」
宿舎のエントランスに屯していた聖騎士の数人が、ひそひそと囁き始めた。
尊敬と畏敬がない交ぜになっているのか、直接声をかけてくる者はいない。だが、噂が伝わっているのか、少しずつエントランスに人が集まってきた。
「どうやらユノ様を呼んでいるらしいぞ」
「ああ。ユノ様はメリル様の直弟子という話だからな」
「きっと凄まじい修練を課すおつもりなのだ……」
「しかしなぜ犬を連れているのだ?」
「黙れ。メリル様はきっと大層な愛犬家なのだ」
勝手な噂が囁かれれば囁かれるほど、私は居心地が悪くなってきた。
犬サイズに縮んで私に同行している白狼は悪魔と見破られていないようだったが、ペット立ち入り禁止の教会本部に犬を連れていることが少々不審がられている。
もういい。とりあえずここを離れて、教会本部の資料室に立てこもろう。出動を急かされても「まだもう少し悪魔について調べたいことがあるので!」と言い張って拒否するのだ。少なくともユノが帰ってくるまでは。もしかしたら予定よりも早く帰ってくるかもしれないわけだし。
私はおほんと咳払いをして、宿舎の管理員に告げる。
「では、ユノ君が帰ってきたら伝えてください。『私の仕事を見学するつもりはあるか』と。予定が合うかどうかは分かりませんが……」
「は、はい。承知いたしました。ユノ様が帰り次第、すぐに伝えておきます」
管理員が真剣な表情でメモを取る。
この私、偉大なるメリル・クラインからの伝言とあらば必死にもなるだろう。
と、そのとき。
「へえ。見学、募集してるの?」
すぐ背後から声がかかった。
振り返れば、そこには二十歳そこそこの女性が立っていた。
着ている服はシスターの装束のようだが、裾や袖を短く切り落としており、頭髪を隠すフードも開け広げたままだ。どう贔屓目に見ても敬虔な信徒には見えない。一言でいうと不良シスターといった趣がある。
「え。誰ですか」
私は率直にそう尋ねた。
見知らぬ人物からいきなり話しかけられたのだから、それ以外の台詞は出てこない。
「はじめましてメリル様。あたし、ヴィーラっていうんだ」
「はあ。ヴィーラさん」
「ヨロシクね。あなたと同じ悪魔祓いだから」
ヴィーラと名乗った女性は、そう言って両手で軽くピースを作ってみせた。
「んで、その見学ってユノ君以外も募集してる? よければあたしも行きたいなってハナシなんだけど」
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