【弔いの焔】編
第39話『罪科は焼け残る①』
「ねえママ。私はそろそろ現場を退いて、後進の育成に専念しようと思うんだ」
昼下がりのティータイム。母とともに中庭で優雅に茶菓子を囲む中、とうとう私は一世一代の大勝負に出た。
「メリルちゃん。今、何と言ったのかしら? 少し聞こえなかったのだけど、もう一度言ってくれる?」
母は紅茶にミルクを注ぎながら穏やかに微笑んでいる。
無論、本当に聞こえなかったということはあるまい。私の大胆な引退宣言に牽制を仕掛けてきているのだ。
しかし私も覚悟は決めている。
この程度の威圧で引き下がりはしない。
「よく聞いてママ。私は悪魔祓いとして現場で働くより――指導者の方が向いてると思うの」
「指導者。うんうん、どうしてそう思うの?」
「またまたぁ。ママも知ってるでしょ? 私の『実績』を」
そこで私は鼻を高くして勝ち誇った。
私の『実績』はここ最近、教会の中で大きく評判となっている。
『未熟だった悪魔祓いユノ・アギウスが、聖女の娘メリル・クラインから指導を受けたことで、急速に成長を遂げた』と。
実際のところ指導なんてした覚えはないし、私の口八丁に乗せられたユノが勝手に覚醒しただけではあるのだが、当のユノ自身がこの話を一切否定せず「すべてメリル・クライン様のおかげです」と全肯定しているらしい。
それなら私の指導の賜物ということにして何ら支障はないだろう。
「つまり、私には指導者としての才能があるってこと! ねえママ、この天賦の才を腐らせておくのはもったいないと思わない!?」
私は目をキラキラとさせて母に訴えかける。
無茶な理屈ではあると承知している。母もユノの覚醒について、私の指導の賜物などではないと知っているだろう。
しかし、そろそろ母も態度を変えていいころだ。
まさか本気で私に悪魔祓いが務まるなどとは思っていまい。ここ最近の無茶振りは「
そしてその無茶振りに対し、私は立派に成果を示した。
短期間の間に悪魔絡みの事件を三件も解決したのだ。これはもう快挙といっていいほどの偉業で、なんならこれだけで一生チヤホヤされていいと思う。それだけ私は頑張ったのだ。偉い。
母もそんな私の頑張りを認めてくれるはずだ。
紅茶を飲んで大きく頷いた母は、女神のように優しく微笑んだ。
「そうね。メリルちゃんならきっと、教会本部での後進育成――教導職のお仕事も務まると思うわ。そこまで熱心に言うなら私から推薦してあげてもいいけど」
「っしゃあっ!!」
私は拳を握って吼えた。品も何もない声で。
「でもねメリルちゃん。教導職は悪魔祓い以上に大変よ? 実戦形式で悪魔祓いの子たちに稽古をつけてあげないといけないから」
「えっ」
「それは当然でしょう? じゃないと訓練にならないもの」
「……私の指導だけ座学メインにできないかな? 適当に精神論とか根性論を喋る感じの……」
「うふふ。ダメに決まってるでしょう?」
母はばっさりと私の主張を切り捨てた。
「訓練以外にも大変なことは多いわ。以前のユノ君は力を制御できなかったでしょう? ああいう子がもし暴走したりしたとき、力尽くで止めるのも教導職のお仕事だから、悪魔祓いの中でも本当に上澄みの人にしか任せられないの――まあ、メリルちゃんなら大丈夫だと思うけれど」
「ふん。この娘ならその程度の仕事、造作もあるまい」
そこで、ずしんずしんと大きな足音を立て、巨大な白狼が中庭を闊歩してきた。
日頃から犬サイズに縮んでくれたら少しは威圧感がマシになるのに、この駄犬はまったくそういった配慮をしてくれない。外出のとき以外は常にこの図体だ。
「しかしだ、娘よ。貴様が現場を退くのはまだ早すぎる。未熟な者たちを導いてやりたいという気持ちは分かるが――今は自らの道を邁進しろ。貴様が最前線に立って雄姿を示していれば、その背中に追いつこうと奮起する者どもも自然と現れよう」
ふざけんなこの犬。
このまま最前線に立ち続けてたら死ぬんだよこっちは。
私は白狼からぷいと視線を逸らし、母に向けて媚びるように問う。
「えっと、ママ? 参考までに聞くんだけど、現場に出なくていいお仕事って他にない?」
「そうね~。現場に出なくていい悪魔祓いといえば、やっぱり医務職かしら。任務で負傷した聖騎士や悪魔祓いを治療するの。悪魔祓いの中には戦闘能力があっても、治癒能力がない人も多いから」
「えーっと、それは包帯巻いたり、お薬塗ったりするだけでも務まったり……?」
「『死んでなければどんな怪我でも大丈夫』って言えるだけの治癒能力は必要よ? 治療の過程で悪魔の毒や呪いに汚染された血に触れることも多いから、そのあたりの耐性も必須ね」
どう考えても私に務まる仕事ではない。
血まみれの怪我人が担ぎ込まれてきても、私は棒立ちのまま何もできないだろう。なんなら毒や呪いが恐ろしくて逃げだすかもしれない。
「まあ、メリルちゃんなら実力に問題はないと思うけど、医務職は規則とかしがらみがとっても面倒なのよね~。治癒の奇蹟を世間で濫用するなって方針のわりに、大口の寄付者にはこっそり治療を施したりするし――メリルちゃんみたいな清廉潔白で優しい子には向かないと思うわよ?」
「ま、まあ……そうかも……」
母の「向かないと思うわよ?」はすなわち「却下」という意味である。
私もよく思い知った。教会本部の内勤なら安全と思っていたが、悪魔祓いというカテゴリにいる以上、何かしらの危険は常に伴うのだ。
しかし私が悪魔祓いという肩書を捨てると――何の能力もないと知れてしまうと――途端に悪魔の標的となってしまう。なんならすぐ隣にいる白狼も、真実を知ればいきなり豹変して私の喉笛を食い破ってくるかもしれない。
どうすべきか迷う私の目の前に、母が一枚の書類を広げた。
それは最近少し見慣れてきた、教会からの依頼書である。
「ひぃっ! 待ってママ! 私はまだ……そう! 【誘いの歌声】に食べられそうになったときのダメージが……」
「目覚めてすぐ、とっても元気な跳び蹴りを私に見せてくれたじゃない?」
即座に論破されて私は歯を食いしばる。
なんたる失策。もうちょっと弱ったフリをしていればよかった。そうすれば療養に専念という名目で長期休暇を取れたのに。
「でもね、もし体調がイマイチでも心配ないわメリルちゃん。これは悪魔討伐の依頼ではないし、そもそもメリルちゃん宛ての依頼じゃないから」
「は?」
悪魔討伐の依頼ではないというのはまだ分かるとして――私宛ての依頼ではない?
意味が分からない。
依頼書の冒頭には『悪魔祓いメリル・クライン殿へ』としっかり記されている。この体裁の依頼書が私宛てでないなどということがあるだろうか。
「うふふ、簡単に言うわね? その依頼は『人間の臭跡を追って欲しい』という内容なの」
「人間の臭い……? どういうことママ。私、そんなに鼻がいいと思われてるの?」
「いいえ? でも、メリルちゃんのお友達にそういうのが得意な子がいるでしょ? 教会はメリルちゃんがその子に頼むことを期待してるんじゃないかしら?」
私ははっと気づいて、すぐ隣を向いた。
そこには、でかい図体でちょこんとお座りをしている白狼がいる。
「つまり……教会が我の鼻を利用したいということか」
苦虫を噛み潰したような嫌悪の顔で、白狼はそう言った。
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