第35話『彼岸より響く歌⑰』
『―――――――――――――――――――――!!!!!!』
形容しがたいその奇声が聞こえた瞬間、白狼は小屋を飛び出した。
見上げるのは上空。鉱山のちょうど真上ほどに、雲隠れしていた【誘いの歌声】が姿を現していた。
蜘蛛のごとく不気味に長い手足で自らの身を掻きむしるように暴れ、口からは耳障りな奇声を――おそらくは悲鳴を発し続けている。
「やったようだな……娘よ」
「ええ。流石メリルちゃんだわ」
白狼に続いて小屋から出てきた聖女も、安穏とした顔で空を見上げる。
暴れ悶えていた【誘いの歌声】はやがて、痙攣のようにガクガクとその身を震わせ始める。
「みんな、無事に帰ってくるわ」
その言葉と同時、悪魔は大きく身をのけぞらせ、口から無数の光球を吐き出した。
解き放たれた光球――魂は自由を喜ぶように宙を舞い、その多くが子供たちの並べられていた小屋の中へと飛び込んでいく。
白狼がその様を見届けた、ちょうど五秒後。
「ママぁ――――――――っ!!!!!!!」
小屋の中からメリル・クラインが飛び出してきた。
流石だ、と白狼は唸る。
意識を取り戻してすぐに状況を把握し、こちらへ戦線復帰してくるとは。やはり並の状況判断能力ではない。本当に大した娘だ。
「喰らえぇえっ!!」
しかし、そこでメリル・クラインは予想外の行動を取った。
母たる聖女に助走からの跳び蹴りを放ったのだ。
防御することもなく真正面からその一撃を胸に受けた聖女は、ごろごろと転がって地面に倒れる。
――何をやっている?
白狼は理解が追いつかなかった。
本気で争っているわけではないのは分かる。メリル・クラインと聖女が互いに全力でぶつかりあえば、その衝撃だけでこの辺り一帯が更地になるはずだ。
だがこの状況で、じゃれ合いのような喧嘩ごっこをする意味も分からない。
白狼が真剣に悩んでいる間に、聖女がむくりと身を起こした。
もちろんあんなヌルい攻撃などまったく効いていない。
「おかえりなさいメリルちゃん~。元気そうで嬉しいわ~」
「ええ! おかげさまでこの通り! とっても元気ですとも!」
服についた土埃を払ってヘラヘラと笑う聖女に、掴みかかるような勢いで吼えるメリル・クライン。
「……成程な」
そこで遅まきながらに白狼は察した。
メリル・クラインは母に対して「心配ありません。私はこんなに元気です」とアピールしているのだろう。なんせ悪魔の腹に自ら飛び込むという無茶をしたのだから。
(まあ、あの聖女がそこまで心配していたとも思えんが……)
そう思った後、白狼はふんと鼻息を吹く。
「無論、我も心配などしていなかったがな」
敢えて声に出して呟く。
聖女をも超える聖女たるメリル・クラインが、こんなところで不測の失態をするなどあり得ないことだ。
「見事だ、娘よ。首尾よく悪魔に一服盛ってやったのだな」
母親とじゃれ合うメリル・クラインの傍に白狼も歩み寄る。
上空に浮く【誘いの歌声】は魂を吐き出した後も未だふらついており、ダメージは大きいようだった。
白狼に振り返ったメリル・クラインはなぜか若干気まずそうに視線を泳がせ、
「え、ええと? それは後進の育成のためにユノ君に任せ……あぁっ!!」
と、そこで。
問いに答えている途中で、メリル・クラインは絶叫した。
「そうだ! あのままユノ君が目を覚ましたら暴走しちゃうんだ! ママ! 今すぐあの子をもう一回気絶とかさせて――」
「ねえメリルちゃん。落ち着いて」
聖女はそう言ってメリル・クラインの言葉を止めると、小屋の戸口を指差した。
「そんなことしなくても大丈夫そうよ?」
そこに立っていたのは悪魔祓いの少年――ユノ・アギウスだった。
白狼は背中の毛がぞくりと立つのを感じた。悪魔ゆえによく分かる。彼の身からは今、聖なる力が煌々と立ち昇っている。
「本当にありがとうございました、メリル・クライン様」
そう言ってユノは上空の【誘いの歌声】を仰ぐ。
弱っているようではあるが、悪魔がカチカチと噛み鳴らす歯の音からは、明らかな怒りの感情が伝わってくる。こちらに対する敵意と殺気も。
「ユノ君。手助けは必要かしら?」
「――いえ。聖女様」
ユノが目を瞑り、己の胸に手を添えた。
「一人でやらせてください」
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