第34話『彼岸より響く歌⑯』

「これは私の想像ですが、まったく根拠がないわけではありません。まず、教会が聖騎士を派遣するのにどの程度の日数がかかるか知っていますか?」


 ユノは動揺しているのか、まともに答えられそうもない。

 私は白狼の事件の際のドゥゼルの言葉を思い出して、鼻高々に言う。


「とある田舎の悪徳神父曰く『とても一日や二日で呼べるわけがない』とのことでした。つまりあなたのお母さんの死から聖騎士の到着まで、どんなに少なく見積もっても数日は経っているはずです。さらに――」


 次に私は【雨の大蛇】の事件を思い出す。


「あなたは滝壺に棲んでいた【雨の大蛇】……の一部を倒した際、しばらくしてすぐに下山したそうですね? それはつまり力を解放して自我を失っても、意識を取り戻すのにそう時間はかからないということです」


 この二つを並べて考えると、そこには一つの疑問が生じる。

 ユノは『暴走して母を殺してしまい、目を覚ましたときには聖騎士に囲まれていた』と思い込んでいたようだが――


「聖騎士が到着するよりずっと前に、あなたは目を覚ましているはずなんです」


 自決の爆発に巻き込まれて気絶したにせよ、力を解放して意識を失ったにせよ、どちらにしたってその日のうちには目を覚ます。ユノが聖騎士の到着までずっと意識を失っていたというのは考えづらい。


「一人でいた間の記憶がないのはそう不思議ではありません。バラバラになった母親の肉片があちこちに飛び散っている状況で、まともに正気を保っている子供の方がおかしいです」

「しかし……メリル・クライン様。その間に僕が母さんを助けようとしたなんて根拠はどこにあるんですか。そんなこと、誰にも分かるわけ……」

「ええ。単なる憶測です」


 そこで私はあっさりと認めた。

 こればかりはしょうがない。空白の時間にユノが何をしていたかなんて、彼が記憶を取り戻さない限り誰にも分かるわけないのだ。


 だけど、それでも――


「あなたがお母さんをその手で引き裂いたのか、それとも必死に助けようとして遺体の欠片を拾い集めたのか。ユノ君。どちらが真実だと思いますか?」

「それは……」


 あるいは一瞬、ユノは後者を選びたい誘惑に駆られたのかもしれない。

 だが、自らを戒めるように彼は大きく頭を振った。


「どちらでも変わりません。母さんが自ら死を選んだのだとしても、その死を招いたのは僕の力のせいです。だから母さんを殺したのは、どうあれ僕に違いないんです」


 私は眉根に皺を寄せた。

 本当に面倒くさいガキだ。だから敢えて、私は彼の眉間を軽く小突いた。


「っ!」

「そうやって無駄に意固地になるところがあるから、お母さんが心配してあんな死に方をしたんですよ。いい加減に親不孝はやめたらどうですか」

「し、しかし……」

「ええ。そりゃお母さんが死んだ原因はあなたかもしれません。でも、そこに罪なんてありませんよ。あなたみたいな危険物と一緒に過ごすことを選んだお母さんの自己責任です」


 私はそこで意地の悪い質問を放つ。


「それとも。その選択を、お母さんが後悔しているとでも言いたいんですか?」


 こう言われたら反論できまい。

 ユノは震え、俯きながら拳を握った。


「……本当なのですか? 僕が殺したのではなく、母さんが自ら……僕のために……」

「少なくとも私の直感はそう告げています」


 私はえっへんと胸を張って大法螺を吹いた。

 直感どころか、この話は一から十まで完璧な作り話なのだが。


 だが、一つだけ本音で言えることがあった。

 心の底から。確信を持って。


「そもそもユノ君。普通に考えてみてくださいよ」

「……?」

「あなたみたいな子が、お母さんを殺せるわけないでしょう。大好きだったんですから」


 ごく当たり前のことを言って、あっけらかんと私は笑う。

 たとえユノがどんなに暴走して理性を失っても、それだけはできないはずだ。

 きっと彼はそういう感じにマザコンをこじらせたガキだと思う。そうでなければ、ここまで事態がややこしくなっていない。


「……メリル・クライン様」


 とても長い沈黙の後、ユノはぼそりと呟いた。


「信じてみても……よろしいでしょうか」

「そりゃあもちろんです」


 私はまったく迷うことなく、自信たっぷりに頷いた。


「私は誉れ高き聖女ははの娘、メリル・クラインです。この世で私を信じずして、いったい誰を信じるというんです?」


 そのとき。

 ユノの瞳にほんの僅かながらも――力強い光が宿ったのを、私は見た。

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