第33話『彼岸より響く歌⑮』
架空の登場人物を出しても説得力を失うだけ。ならば、最初から犯人の候補は二人しかいなかったのだ。
森で暮らしていた二人。すなわちユノか、『母』自身か。
最初、私は『飢えに負けて理性を失う前に、自ら命を絶った』という筋書きを想定していた。しかしユノの『母』の遺体は、聖なる力で焼け爛れていたという。これを無視して話を進めるのはあまりに無理がある。
とはいえ最終的な死因がユノであってはならない。私の目的は真相究明ではなく、彼の罪悪感の払拭なのだから。
いっそ、死体が跡形もなく消し飛んでいればよかったのに。
一連の話を聞き終えた後、正直私はそう思った。
そうすれば聖なる力で焼かれていた痕跡も見つからず、ユノの罪を否定しやすかったのに――そこで唐突に閃いたのだった。
ユノの『母』も同じことを考えていたのだとしたら?
思い至った瞬間、新たな筋書きが脳裏に浮かび上がった。
単なる『理性を失う前に自殺』説では、なぜあそこまで壮絶な自殺をしたのか理屈が付けられない。
だが、ユノの『母』が私とまったく同じ考えを抱いていたなら、そこには明確な動機が生まれることとなる――……
「証拠隠滅です。あなたのせいで死んだということを、文字通り命懸けで隠そうとしたんですよ」
そうして私は、この結論に辿り着いた。
たった一つ、都合のいい前提を仮定するだけでよかったのだ。
ユノの『母』も私と同じく『
「衰弱したあなたのお母さんは死期を悟りました」
私は都合よく想像した【誘いの歌声】の心に感情移入し、その真意を代弁する。
「あなたは成長して、無自覚ながら聖なる力を扱えるまでになっていた。先に自分が死んでも心配はいらない。いつか将来的には自ら森を出て、人間社会に戻る日も来るかもしれない――ですが、いつかあなたが世に出れば否応なく気づくでしょう。育ての親が『普通の人間』ではなかったことに」
額に汗を浮かべて私を凝視してくるユノ。
私は真正面から彼を見据え、続ける。
「そしてあなた自身もまた『普通の人間』ではないことに気づくはずです。なんせ常人離れした身体能力があるわけですから。悪魔祓いの素養があるとすぐに判明するでしょう」
さて、と私は指を立てる。
「育ての親の正体が『悪魔』だったと判明し、同時に自分自身が『悪魔祓い』の力を持っていたとも判明する。そこで『原因不明の衰弱』で親が亡くなった過去を振り返ってみたら、普通はどう考えるでしょう?」
「……僕のせいで」
「ええ、そうです。その通りです」
私は大きく頷いて、びしりと指をユノに向ける。
「将来的にあなたがそうやってウジウジ悩みこんでしまうことが、お母さんの唯一の心残りだったんです」
――いつかこの子は、私の死の理由を悟ってしまう。
――そうなれば酷く悩んで、悲しむだろう。
――そうなって欲しくはない。
「明らかに異形の見た目だったため、悪魔だったことは誤魔化せないでしょう。ですが、あなたのお母さんはなかなか策士だったんです。さてユノ君、どうしてこれまであなたは、お母さんが衰弱した本当の理由に気づかなかったんだと思います?」
「……当時の僕がまだ、聖なる力を扱っていた自覚がなかったので」
「それもあるでしょう。ですが、最期の日のお母さんの演技で見事に印象付けられたんですよ。お母さんは『飢えていた』と」
悪魔の良心を前提としただけで、立て板に水で推測が紡げる。
ユノの『母』は、自身が
「あれは演技……だったのですか?」
「あるいは自決のために、少しでも体力を回復させる必要はあったのかもしれません。それに何より『もっと食料を取ってきて』という名目で、あなたを遠くに避難させる思惑もあったでしょう。そうでないと自決に巻き込んでしまうので」
病床に臥せっている状態でユノに『遠くへ行け』と伝えても、彼は決して応じなかっただろう。だが食料を欲しているという素振りを見せれば、彼は絶対に森へと向かう。
自決に巻き込むおそれのない、安全な場所へと。
「もっとも、あなたはお母さんにも誤算はありました。教会の分析能力が思った以上に優れていて『聖なる力によるダメージ』を受けていたことが肉片からバレてしまったこと。また、それ以上に大きかった誤算が――あなたが想像以上に早く、食料調達を終えてしまったことです」
「食料調達……?」
ユノは私の言わんとするところを理解できず、ただ困惑していた。
まあそうだろう。あまり大したことのないように思えるが、
「あなたは『いつもよりやる気に満ち溢れていて、身体が軽かった』と言いました。お母さんの回復を期待する精神的な高揚が反映されて、身体能力も高まっていたのではないでしょうか」
「そうかもしれませんが……」
「あなたのお母さんは、決してあなたを自決に巻き込みたくなかったはずです。だからあなたが家を出て、それなりに遠くに離れたころだと推測してから自決を決行した。しかし、その頃にはもう、あなたは家の近くまで戻ってしまっていた」
だから――
「あなたが気を失ったのは力を解放したせいじゃありません。お母さんの自決――悪魔の力を用いた自爆の余波に巻き込まれて、ただ普通に気絶してしまっただけです」
これなら何の前触れもなくユノの記憶が断絶していることにも説明がつく。
まさしく音速の衝撃波で意識を刈り取られたのだから。
「自決直前に響いた美しい歌声は、きっとあなたへの最後の別れのつもりだったのでしょう。それが結果的にはあなたを呼び寄せてしまったので、それも失策といえば失策です」
「しかし……メリル・クライン様」
私の述べたホラを、未だ信じがたいといった感じでユノは頭を押さえている。
「それでは僕が血塗れだった理由はどうなるんですか?」
「最初は、たまたまだと思っていました」
「……たまたま?」
「ええ。四散したお母さんの血や肉が、偶然あなたに降りかかったのだと。だけど違いました。もっと簡単に説明できます」
ユノだけがピンポイントで血塗れになるような偶然がそうそうあるとは思えない。
だからそれは、決して偶然などではなく。
「あなたが自分の手で拾い集めたんです。お母さんの遺体の欠片を。きっと、助けようとして」
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