第29話『彼岸より響く歌⑪』

 慟哭のようなユノの独白を聞いて、私は彼の内心をおおよそ察した。


 ――つまりこのガキは、育ての親の悪魔を慕っていたのだ。


 それを自らの手で殺してしまったことに耐えられず、必死に「悪魔とは例外なく邪悪な存在だ」と自分に言い聞かせて正当化していた。

 しかし私が【雨の大蛇】を『無害な悪魔』と見逃してしまったことで、その自己暗示がぶち壊れてしまったと。


 私は深くため息をつく。

 やはり教会は無能だ。いくら力があっても、こんな乳離れもできていない子供を悪魔祓いに任命するとは。もっと成長して精神的に安定してから戦場に立たせれば、ここまでこじらせることもなかったろうに。


「お願いします。今は僕のことなど気にせず、子供たちを救ってくださるよう……」

「まったく!」


 私は苛立ちに腕を組んで、ユノの言葉を遮った。

 何と拝まれようと、私にこの場を切り抜ける力などない。どうにかしてユノを再起させるしかないのだ。

 ガラでもない。まさかこの私がガキのメンタルケアをしなければならないなんて。


「メリル・クライン様……?」

「ちょっと待ってください。今、考え事をしてるので」


 母の荒療治は通用しなかった。ユノは結局のところ、心の底では育ての親を慕っているのだ。いくら万言を尽くして『お前の親は殺すべき悪魔だった』と言い聞かせたところで、ますますその心を不安定にするだけだろう。


 ならば【雨の大蛇】のときのように『あなたの親は悪くない悪魔だった』と、内心に秘めた思慕の感情を肯定してやるべきか?

 いいや。そうなるとユノは『悪くない悪魔』を殺してしまった自責の念に苛まれ、再起どころではなくなってしまう。

 あちらを立てればこちらが立たず。本当に面倒くさい状況だ。


 ――しかし、不思議だった。


 子を育てた悪魔の気持ち。そして悪魔に育てられた子供の気持ち。

 私の中でそれは、奇妙なほどに想像しやすいものだった。ユノがその悪魔おやにどんな気持ちを抱いていたか。そして彼が心から育ての悪魔おやを慕っていたなら――悪魔の方だって、あるいは。


 だから、少し考えればすぐに分かった。

 彼を再起させるために、これからどんな手を打てばよいのか。


「ユノ君。あなたは力を解放すると、記憶がなくなると言っていましたね?」

「はい、そうですが……」

「なら当然、お母さんを殺してしまったときの記憶もないんですよね?」


 ユノは微かに目を伏せた後、浅く頷いた。


「ですが、バラバラになった母の遺体の前で、僕の手は血塗れで……」


 深刻そうに語るユノの両肩に、私はぽんと手を置いた。


「うんうん。やっぱりそうでしたか。きっとそうだと思っていたんです」

「メリル・クライン様……?」


 私はまるで聖女ははのように優しく微笑んだ。

 いける、という確信とともに。


 ――このガキに記憶がないなら、なんでもアリだ。


「聖女の娘としての私の勘が告げているんです。あなたは殺していない、と」


 ユノが大きく目を見開いた。

 そう、この状況を切り抜けられる方便はただ一つ。


「あなたに罪の意識があるなら、この場ですべて懺悔なさい。悪魔祓いユノ・アギウス」


 私は天に向かってびしりと指を突き立てる。

 未だ毒々しい赤紫色の空だが、さもそこから天啓が降ったかのように振舞って。


「――その懺悔のことごとくを、この私が否定してあげましょう!!」


 なんかいい感じに誰も悪くならないホラを並べ立てて。

 育ての親の罪も、ユノ自身の罪も――聖女の娘メリル・クラインの名のもとに、すべて否定してやればいいのだ。

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