第22話『彼岸より響く歌④』
「意外だな。貴様はそういうことに頓着しないと思っていたが」
母の独白に対し、白狼は冷めた答えをよこした。
「あら酷いわね。私だって人の親よ? そんな血も涙もない人でなしじゃないわ」
「しかし貴様は『今ここで失われる命』よりも『将来的に失われず済む命』を優先できる人間だ。違うか?」
母が無言のまま、目を細くして白狼に笑いかける。
その笑みにどんな意図が含まれているか、私にはよく分からない。強いて推測するなら「うるせえ黙れこの犬畜生」あたりだろうか。
なにやら母と白狼の睨み合いのような構図になってきたところで、
「お見事です、聖女様」
未だに腰を抜かしたルズガータの群衆の中から、一人の少年が歩み出てきた。
低い背丈。見覚えのある陰気な面。
そこにいたのは【雨の大蛇】の討伐で一緒だった悪魔祓い――ユノ・アギウスだった。
「お見事だなんてとんでもないわ~。討ち損ねちゃったもの」
「しかし実力差は歴然でした。次に相まみえたときが、あの悪魔の最期となるでしょう」
「ちょっと待ってママ」
私はぐいっと母の腕を引っ張って、密かに耳打ちする。
「なんであのガキがここにいるの?」
「偶然なのだけど、ユノ君も休暇中にここに来る予定だったみたいなのよ~。だからせっかくだし、私の仕事を見学してみたらどうって声をかけてみたの」
私は二秒ほど眉根をつまんで、それからユノに向き合った。
聖母のごとく柔和な笑みを取り繕って。
「ねえユノ君? 優しいメリルお姉さんからアドバイスなんですけど、今は見学なんかより実践あるのみだと思いますよ? 君が休暇を取れば取るほど悪魔祓いの人手が足りなくなって、あちこちで苦しむ人が大勢出るんです。だから一刻も早く聖都に戻りましょう? そして任務に就け仕事をこなせ全身全霊で働け」
最後の方で本音が隠しきれず早口になって、はっと私は口をつぐんだ。
このガキが分不相応な休暇などを申請しているから母の仕事量も増えているのだ。まだまだ若手の下っ端なのだから、馬車馬のように働いてこちらの負担を減らしてくれないと。
「申し訳ありませんメリル・クライン様。僕としてもそうしたいのは山々なのですが」
「ええ。その心意気が何より大事なんです。たとえ教会から『少し休め』と言われたんだとしても、鋼の意志でそれを無視して働き続けることも尊い行いというもので――」
「今の僕は戦えないんです」
私はぱちくりと目を瞬いた。
「先日の【雨の大蛇】の一件以来、力を解放できなくなってしまったんです」
は?
それはどういうことか。悪魔祓いが力を失うなんて聞いたことないが。
私が問い質そうとすると、ようやく正気を取り戻した群衆の中から、数人の住民が飛び出してきた。
「せ、聖女様! 悪魔は……悪魔は倒せたのですか!? 私の娘は戻ってくるのですか!?」
瞳に涙を浮かべながら母に縋りついてきたのは、まだ若い女性だった。口ぶりからしておそらくは失踪した子供の親なのだろう。
母は聖女らしい楚々とした仕草で、その女性の両肩に手を置きながら微笑む。
「落ち着いてください。まだ悪魔は倒せていませんが、聖女たる私の名にかけて、必ずこの事件は解決いたします」
間延びしたいつもの口調とは違って、頼もしい響きだった。
母の膝元には、子を攫われた親たちが次々に集まってくる。その中には子供が愛用していたと思しき玩具――ぬいぐるみなどを抱きしめている者もいた。忽然と消えてしまった我が子との縁を失うまいと必死なのかもしれない。
「おい。娘よ」
泣きわめく親たちを前に私が気まずい気分になっていると、私の裾をぐいぐいと白狼が引っ張ってきた。
私はそっとしゃがんで、小声で囁く。
「狼さん。今は人前だから、あまり喋らないでもらえると――」
「あの人間の持った玩具と同じ匂いが、あの山から漂ってくる」
そう言って白狼は、街の奥に聳える炭鉱の山に鼻先を振った。
「他にも子供の匂いが複数。失踪者はあの山に囚われているのではないか?」
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