第20話『彼岸より響く歌②』
今回、悪魔による被害を訴えてきたのは炭鉱街ルズガータ。
ほんの十年前までは無人の原野だったが、大量の石炭資源が見つかったことで一気に発展した新興の街である。
その街で現在、子供の行方不明が相次いでいる。
下は赤子から、上は10代の少年少女まで。
親たちが言うには、ほんの一瞬だけ目を離した隙に忽然と子供たちは姿を消してしまったらしい。
共通しているのは、子供たちが失踪の直前に謎の「歌」を聞いていたこと。
失踪した子供たちはいずれも、親をはじめとした周囲の大人には聞こえない「歌」が聞こえると言い始め、その直後に姿を消している。
教会が所有する過去の
―――――――――……
「ねえママ。これってどういうこと? 前に討伐したはずの悪魔と、ほとんど同じ被害がまた発生するなんて」
私と
単身での留守番よりも、見学という形で母に同行する方が安全と踏んだ上での決断である。
ちなみに車内には相変わらず、犬ころサイズに縮んだ白狼もいる。列車旅の情緒に慣れてきたのか、車窓のそばで黄昏ながらお座りをしているのが妙に生意気で腹立たしい。
母はバーカウンターでココアを飲みながら、依頼書を読んだ私の質問に答える。
「そっか、メリルちゃんは知らなかったのね~。悪魔っていうのは、種類にもよるのだけど――倒してしばらくしたら似たようなのが湧いてくることがあるの」
「えっ。悪魔って復活するの?」
私はぎくりとした。
悪魔が復活するというのは非常に困る。たとえば私はこの白狼を今後どこかで上手く処分するつもりだが、その後に復活されて「よくもあのときはやってくれたな」とお礼参りに来られてはたまらない。
背中に冷や汗を流していると、母が少し首を捻った。
「う~ん。復活とは少し違うのよね~。ゴキブリを駆除しても、家が汚いままだとまたすぐに湧いてくるのと同じ感じかしら? 決して同じ個体ではないし意識も継続してないけれど、似たような生態の害虫が湧いてくるというか……」
「おい死神。よりにもよって我らを害虫などと一緒にしてくれるな」
母の無遠慮な説明に対し、白狼がぎろりと睨みをきかせる。
それに対して母は「嫌ねえ」と笑って手を振り、
「分かってるわよ~。狼さんはそういう感じの悪魔じゃないものね? 長く生きた動物が自然と特別な力を得た感じかしら? そういうタイプは一度しっかり潰したら二度と再発生しないから私も大好きよ~」
「嬉しくない賛辞だな」
「あら、失礼だったらごめんなさいね?」
母と白狼のやりとりを聞いていると、私はだんだん分からなくなってきた。
「――ねえママ。悪魔にもいろんな種類がいるの?」
私がそう言うと、白狼がきょとんとした表情でこちらを振り向いた。
問われた母は困ったように苦笑している。
「おい娘よ。これまで我らの存在について何も知らなかったのか?」
「えっ、まあ、ええと、はい」
白狼の問いに慌てる私に、指を立てた母が助け舟を出してくれる。
「メリルちゃん。『悪魔』というのは『教会の教義に存在しない不可思議存在』をすべて一括りにしちゃった言葉なのよ~。私が知る限りでも不可思議存在にはいろんな種類があるから、悪魔にいろんな種類がいるっていうのは間違ってないわ~」
「あ、そうなんだ」
実は正直なところ、ここ二件ほど悪魔祓いの仕事を無事にやり過ごして、少しだけ拍子抜けしたところはある。
これまで悪魔といえば「人間を見たら即座に襲い掛かってくる狂った化物」くらいに思っていたが、意外と口先三寸で乗り切る余地のある存在だったからだ。悪魔にもいろいろいるというなら、必ずしも凶悪なやつばかりとはいえないのかもしれない。
もちろんそれでも、私にとって忌まわしくて恐ろしい存在という認識は揺るがないが。
「そうか。知らぬからこそ……か。娘よ、貴様はそれでいい。余計な先入観を排してこそ、見える光景があるのだろう……」
実際、今も白狼は私のことをなんか勝手に過大評価して頷いている。
こいつも悪魔とはいうが、なんなら普通の犬よりもちょっと馬鹿なんじゃないかと思う。
「あ、でもねメリルちゃん。今回の【誘いの歌声】は――間違っても狼さんみたいにヌルい悪魔と一緒に思わない方がいいわよ?」
「そうなの?」
「ええ」
そこで母は、ぞっとするほど真剣な眼差しを私に向けた。
「こういうタイプが一番、悪魔らしい悪魔だから」
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