第17話『雨喚ぶ大蛇の呪い⑨』

 もちろん、すべて私の適当なホラ話である。


 考えてもみて欲しい。いくら強力な悪魔といえど、蛇などという下等な爬虫類ごときがそこまで複雑な思考をするだろうか。

 白狼は「我らは人間にも劣らぬ知恵を持つ」と主張していたが、そもそも当の白狼がわりと馬鹿なので信用できない。


 そんな私の内心も露知らず、村人たちは天を仰いで雨と涙に頬を濡らしている。

 その光景を眺めながら、私は結構ドン引きしていた。


(うっわぁ……やっぱりこの村の人たち、ゴリゴリの悪魔崇拝者だったんだ……)


 最初に白狼を元の大きさに戻したのは、彼らが悪魔慣れしていることを確認するため――だけではない。

 イカれた悪魔崇拝者たちが私に襲い掛かってこないよう、抑止力として真の姿を披露させたのだ。「私に手を出したらこのデカい犬が黙ってないぞ」という感じで。


 幸いそんな事態にはならなかったが、それでも私はもう一刻も早く村を離れたい気分だった。

 いつこの悪魔崇拝者たちが勢いづいて「聖女を生贄にせよ!」と襲い掛かってくるか分からない。


 ――なので、手っ取り早く最後の仕上げにかかる。


「はい! そういうわけですので、これから雨を止めるための結界を張ります。それでこの事件は終わりということでよろしいですね?」

「何、娘よ。どういうことだ」


 白狼が巨体で私を覗き込んでくる。怖い。


「【雨の大蛇】に悪意はないのだろう? ならば大規模結界で滅ぼす必要など……」

「大丈夫です。ママみたいな結界じゃないので」


 おっほん! と私はわざとらしく咳払いをする。


「え~。これから私が張る結界はとても特別なものです。一度張れば効果は永続しますが、維持のために村人のみなさんの協力が必要となります。具体的には、定期的にとある儀式をしていただく必要があります」

「儀式……?」


 村人たちが怪訝そうに首を捻った。

 そこで私は会心の笑顔を一発。


「さっき言ってましたよね。【雨の大蛇】に感謝を捧げる儀式として、捕らえたネズミを滝壺にどうこう――って。いや~、本っ当に奇蹟的な偶然なんですけど、結界の維持に必要な儀式はそれとまったく同じなんです。いや~すごい偶然ですよね~」


 この上なくわざとらしい態度で、極限まで白々しく。

 決して言質は取らせないが、私の言いたいことは要するにこうだ。


 ――これまでどおり【雨の大蛇】と共存しろ。


 怪しげな悪魔崇拝の儀式も、私の結界の維持作業という建前を与えてやれば、教会に咎められることはない。


(そして私は戦わずに聖都へ帰れる……!)


 建前上は『被害を防ぐ結界を張った』ということにできるから、晴れて任務完了となるのだ。

 実際のところ、村人たちが儀式を再開したからといって雨が止むとは限らない。所詮は悪魔の気まぐれ次第である。このまま永遠に降り続くかもしれない。

 しかし、雨が止まずに教会から再出動を要請されたら、開き直ってこう答えればいいのだ。


 ――実はあの村って悪魔崇拝者の巣窟だったんですよ~

 ――だからわざと見捨てたんです~


 完璧だ。

 私の無能はバレず、再出動もバッチリ拒否できる。この村の全員が異端審問にかけられるかもしれないが、そんなのは私の知ったことではない。

 私は心の中では既にファンファーレが鳴り響いていた。


 あとは結界を張る(フリをする)だけ。


 私は持っていた傘を投げ捨て、右手の人差し指を空に向ける。

 ウキウキ気分が隠しきれず、ついつい身振りが大げさになってしまう。


「――メリル・クラインの名の下に、この地に加護を与えましょう! 出でよ聖なる結界!」


 茶番である。

 私も村人たちも、誰一人としてここに結界など張られないことは分かっている。

 ただ、そういう建前を与えてやるというだけ。


 だったのだが――


「へっ」


 私の言葉と同時、天に穴が開いたかのように雨雲が晴れた。

 突如として差し込む陽光に、誰もが一瞬その目を眩ませる。


(え? 何? 何が起きたの?)


 私は事態が飲みこめずに周囲をきょろきょろと見渡す。

 久方ぶりの青空に村人たちは歓喜し、諸手を挙げて快哉を叫んでいる。


「見ろ! 虹だ!」


 誰かがそう言って空を指した。

 降り続いた雨が霧のごとく消え去り、そこに太陽が差し込んだことで、空には虹が現れていた。

 幾重にも幾重にも重なる、空を覆い尽くすほど巨大な虹が。


(うわぁ。綺麗な虹……)


 なんだか状況はよく分からなかったが、あまりに美しいその光景に私は魅入ってしまった。

 キラキラと輝く虹は、まるで言葉を持たぬ何者かが感謝の意を伝えているようでもあって、不覚にも私はちょっとセンチメンタルな気分になって。


 ぽつん、と。


 私の頭の上に何かが落ちてきた。

 あまり重くない感触。少し大きめの雨粒でも落ちてきたのかと思ったが、手に触れてみると――ニュルニュルした何かが腕に絡みついてきた。


 蛇だった。

 チロチロと赤い舌を動かす、蛇だった。

 うねうねとした動きがこの上なくキモい、蛇だった。


「ほぎゃんっゃっぴゅりゃああああぁああぁあぁっ―――――――――っ!!!??」


 出したのことのない奇声を上げて右腕をぶん回す私。

 しかし絡みついた蛇はなかなか離れてくれない。

 しかも追撃とばかりに、私の右肩と左肩にボトボトと蛇が追加で落ちてくる。


「ぴゃぎゃぁあ――――――――――っ!!!」


 悲鳴とともに全力で駆け逃げる。

 空からは次々に蛇が降ってくる。しかし他の村人に降り注いでいる様子はない。なぜか私だけにピンポイントで降ってくる。

 何者かの悪意をひしひしと感じてならなかった。


「ふ、娘よ。ずいぶんと【雨の大蛇】に気に入られたようだな」


 訳知り顔でふっと笑う白狼。

 ふざけるな。これが気に入った相手にする仕打ちか? 嫌がらせにも程がある。これだから低能な爬虫類は。うわまた肩に落ちた。寄るな触るなこのおぞましい悪魔め――


 私と蛇との追いかけっこは、その後もしばらく続いた。

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