第13話『雨喚ぶ大蛇の呪い⑤』
「なにこれ」
あまりにも異様な光景に、思わず私は呟いた。
一年もの長雨によって壊滅寸前にまで追い込まれたというペグ村。そこには今――
――
広場に。道端に。民家の前に。その数はぱっと見ただけでも数十体は下らない。
しかも大勢の石工たちが鑿と鎚を振るって、今もなお像の量産を続けている。
「不愉快な光景だ」
苦々しげな口調で感想を述べたのは白狼である。
悪魔にとって母は死神と呼ばれるほどの存在らしいから、この光景に拒否感を催すのはまあ納得できる。
私たちは今、馬車に乗ってペグ村の中を進んでいた。
ペグ村にまで鉄道が通じていないため、最寄りの都市で馬車に乗り継いだのだ。
村には今も雨が降り続いており、ぬかるんだ土に車輪を取られて馬車の進みは鈍い。石像の作業をしている者たちも、雨避けの天幕を張った下で鑿を振るっている。
馬車の中でもユノは相変わらずの正座で、石像の並ぶ村の光景を眺めながら言う。
「この地を治めるシラート家の現当主は、若き日を聖都の神学校で過ごしたとのことで、非常に信仰心が篤いのです。数年前に領主の座を継いでからは、領内での教会活動を積極的に支援してくださっています」
「だからママの像がこんなに……?」
「はい。聖女様の似姿は悪魔を寄せ付けぬ破邪の力があるといいます。こうして像を増やすことで、悪魔の被害を抑制しようとしているのでしょう」
そうなの? と私は白狼に視線をやる。
白狼はふんと鼻を鳴らして、
「像ごときにそんな力はない。だが、多くの悪魔に対して警告のメッセージにはなる。『この地に手を出せば、死神が報復に訪れる』とな」
つまり結界のような作用はないが、害獣除けに似た効果は期待できると。
しかし――
私は馬車の天井を仰ぐ。天井越しに聞こえる雨音が止む気配はない。
「……ということはですよ? こんなにママの像があっても雨が降り続いてるんですから、今この雨はやっぱり悪魔の仕業ではないんじゃないですか?」
「そうともいえません。強力な悪魔には、聖女様像の加護が及ばないこともあります。実際この村には以前から複数の聖女様像があったのですが、【雨の大蛇】の被害を防ぐことはできませんでした」
「ああ。プライドの高い悪魔に対しては、むしろ挑発になることもあるな」
ユノの意見をさらに白狼が補足。
そこで私は白狼の言った『挑発』という言葉が気になって、事件資料を荷物から引っ張り出した。ドゥゼルのでっち上げのときと違って、今回は詳細な資料が山のように準備されている。
最初の長雨が降り始める直前、何があったか。
過去の村の行事表に記されていたのは――『聖女様像、除幕式』
「うっ……」
嫌な予感が的中してしまった。
村の中に初めて
(絶対これママの像が逆効果になってるじゃん……)
おそらく【雨の大蛇】は、自分の棲家の近くに聖女像が建てられたことにブチ切れ、村を雨で覆い尽くすという蛮行に出たのだ。
私は「余計なことしやがって」と思いながら頭を掻きむしる。あんな脳筋バイオレンスな母など、まったく信仰に値しないというのに。
だが――原因が分かれば対策を練ることができる
私たちを乗せた馬車はやがて、村の寄合所に到着した。
御者を務めていた教会の帯同員に傘を持たせ、私は寄合所の扉を叩く。
「失礼します。教会よりやってきましたメリル・クラインです。どなたか――」
凄まじい速さで寄合所の扉が開いた。
そして開いた扉の向こうには、両膝をついて天を仰いでいる、上等な身なりの男性がいた。
「――おお! おお! まさかこのような……聖女様の御子様を眼前に拝める日が来ようとは! この私グラフ・シラートめは感涙に打ち震えるばかりでございます!」
天を仰ぎすぎてのけぞった姿勢で、滂沱の涙を流している髭の中年。
一瞬ヤバい不審者かと思ったが、彼が名乗った姓には覚えがあった。
「あの。もしかしてシラートさんって、領主の方ですか? とても信仰心の篤いという……」
「おお! なんと神聖にして偉大なるメリル・クライン様に我が家名を呼んでいただけるとは! 私はこの日を一生忘れますまい……!」
私はぱちんと指を弾いた。
渡りに船とはまさにこのことだ。
「ちょうどよかったです、シラートさん。この村にある
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