第12話『雨喚ぶ大蛇の呪い④』

「報告書にもありますとおり、僕がペグ村に向かったのは半年前のことです。当時の村は一年もの長雨に晒されて、ほぼ壊滅状態となっていました」


 私に促されたユノは、恭しく一礼して語り出した。


「村に到着してすぐ悪魔の居所は分かりました。山奥の方から悪魔の気配が色濃く感じられたのです。至急、討伐に向かおうとしたのですが、山道に入る手前で村の老人に呼び止められました」


 ユノ曰く、村にはまだ少数の住人が残っていたという。

 その多くは、滅びゆく故郷と命運をともにする覚悟の老人たちだったという。


「その老人は言いました。『この先の滝壺には恐ろしい悪魔が棲んでいる。子供が一人で立ち入るべきじゃあない』と」

「うんうん、それから?」

「きちんと説明しました。『僕は教会から派遣されてきた悪魔祓いです』と。しかし老人はまったく信じてくれませんでした」


 そりゃあそうでしょうね、と私は思う。

 悪魔祓いといえば教会の誇る最高戦力。歴戦の猛者たちである。こんな年端もいかない少年が悪魔祓いを自称したところで、子供のごっこ遊びとしか思われないだろう。


「僕のことを心配してくださったその老人は、半鐘を鳴らして村に残った他の老人たちを呼び集めました。その場で『どこの子か知らんか』『誰かの孫か』『早く家に帰してやらにゃあ』などと相談が始まったのですが、ここで僕は――彼らを言葉で説得するのは困難だと判断しました」

「で、どうしたんですか?」

「撒きました」

「撒いた」


 私は鸚鵡返しに呟く。

 ユノは平然と頷く。


「彼らはいずれも体力の衰えた老人。しかも長雨によって山道はあちこちが崩落し、とても常人が踏み入れる状態ではなくなっていました。この状態でなら彼らが僕を追ってくることは不可能と考え、制止を振り切って山道に駆け込んだのです」

「その先に悪魔がいたのだな?」


 会話に入ってきたのは白狼だ。

 ユノは「そうです」と首肯して続ける。


「悪魔の気配を辿って山奥へ進むと滝壺が見えました。そして、悪魔も僕の接近に気が付いたのでしょう。濁流の渦巻く滝壺の底から、一匹の大蛇がゆっくりとその頭を覗かせてきたのです」


 私はその光景を想像して一つ問う。


「ところで大蛇って、どのくらいの大きさだったんですか? 大人の背丈くらいの大きさですか?」

「この列車の全長と同じくらいの大きさだったと思います」


 危うく私は噴き出しかけた。

 この特別列車は六両編成である。(機関車・乗務員車・資材車・食堂車・客車・寝台車)

 白狼でさえ機関車一両分と同じくらいのサイズなのだから、その六倍と考えると眩暈がしてくる。

 そんな大きさの怪物が鎌首をもたげて滝壺から姿を現すところを想像すると――あまりにおぞましくて寒気が止まらなかった。


 いやちょっと待て。


 討伐に失敗したとはいえ、そこまで巨大な怪物と真正面から戦ったのだから、実はこのガキはなかなか強いのではないか?

 もちろん聖女(はは)の足元にも及ばないだろうが、もしかすると最低限の護衛としてくらいは使えるのかもしれない。


「討伐対象を確認したので、僕は戦闘態勢に入りました」

「うんうん」


 私は期待に前のめる。

 大蛇をボコボコに叩きのめして、相手の方が尻尾を巻いて逃げたという感じの戦闘内容なら、評価を改めてやらんでもない。


「――以上です」

「は?」


 前のめっていた姿勢から私は上体を崩す。


「以上、って。その先は? 戦ったんでしょう?」

「申し訳ありません。その先は記憶がなく、詳細な報告には適さないかと思います」

「記憶がない? 何かしらの幻惑を受けたということか?」


 訝る白狼にユノは首を振る。


「僕の未熟さゆえのことです。戦闘のため力を解放すると、僕は理性を失ってしまうのです」

「……理性を? 失う?」

「はい。一人で任務に赴いたのもそれが理由です。周囲に誰かを帯同させていると、戦闘時に巻き込んでしまう可能性が非常に高いですから」


 私は青ざめてユノから若干距離を取った。


「……で、でも。討伐成功と報告したということは、ほんの少しは記憶があるんでしょう?」

「いいえ。僕が正気を取り戻したとき、周囲に大蛇の肉片や、切り落とした頭部が転がっていたのです。直後に雨が止んだということも鑑みて、討伐成功と判断いたしました。早計に判断を下してしまったことを、今では恥じるばかりですが」


 このガキ、怖い。

 護衛だなんてとんでもない。悪魔と同じくらいの危険物だ。


「なお僕は此度の任務において、案内役に徹するよう教会から厳命されています。『決して力は解放するな』と。僕ごときが理性を失って暴れては、メリル・クライン様の邪魔をしてしまうだけですから」

「え、ええ! そうですね! 絶対に何があっても戦わないように!」


 白狼と大蛇の悪魔のことだけで手一杯だったのに、ストレス源が一つ増えてしまった。

 というか教会、こんな奴を悪魔祓いに任命するな。実力以外にも人柄とか品格とか安全性とかを重視しろ。こんなガバガバな人材登用をしてたらいつか誰かが不祥事起こすぞ。


 ひとしきり内心で愚痴った私は、ぱしりと自分の両頬を叩く。

 文句を言っても始まらない。もう私には一つの道しか残されていないのだ。徹底的に事件の揚げ足取りをして、戦いを先延ばしにするという。


「――たとえば、たとえばです。ユノさんが実は討伐に成功していて、その後に起きた事件はすべて偶然という可能性はないでしょうか」


 私は指を立てて話し始める。


「その後に起きた事件というと……村人たちの投身自殺と、現在も降り続いている雨のことでしょうか」

「はい。一年も続く長雨はどこからどう見ても異常ですが、今現在続いている雨はまだひと月程度なのでしょう? もしかするとなんかこう……珍しい気象現象とかの可能性も捨てきれません」


 そこでぱちんと私は手を叩く。


「ほら、なんせこの地では一年も雨が降り続いていたわけです。もちろん自然のバランスも崩れているでしょうから、その後にちょっと異常気象が起きても不思議じゃありません」

「成程。しかしメリル・クライン様、村人たちの集団自殺はやはり悪魔の仕業としか思えないのですが」

「そ、そうやって何でも悪魔の仕業にするのは感心できません」


 実際、私も「悪魔の棲家に村人が相次いで身投げするなんて、完全に祟りとか呪いの類でしょ」と思っていたが、そんな本音を語っては討伐ルート一直線だ。


 なので、冷や汗をびっしりとかきながら、私はこう主張する。


「なんかこう……村人の皆さんも、いろいろ悩んでたんじゃないでしょうか……」


 白狼とユノは完全にぽかんとしていた。

 私も気まずさに目を閉じる。なんというか、あまりにフワッとしすぎていた。


「だ、だって! 一年も長雨が続いて村は壊滅寸前だったのでしょう!? なら、経済的に困窮して追い詰められていた可能性も高いと思うんです!」


 これではまずいと思って、慌てて言い訳を追加。

 自殺が呪いでも祟りでもないなら、自発的に村人たちが死を選んだ動機がどこかに存在するはずだ。

 それが事実か否かはぶっちゃけどうでもいい。

 呪いでも祟りでもない可能性を提示できるだけで、先延ばしの大義になる。


「悪魔のせいだと結論を出すにはまだ早いです! 次は村の現状を見て、そこに自殺の動機が潜んでいないか調査してみましょう!」

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