第11話『雨喚ぶ大蛇の呪い③』
最悪の気分だった。
頼もしい
(考えなさい私! ここからどうにか任務放棄できる方法を……!)
目を血走らせて、私は脳をフル稼働させる。
特別列車の車内は、さしずめ高級ホテルの一室といった感じである。天井にはシャンデリア、革張りのソファにアンティーク・ウッドのテーブル、さらにピアノやバーカウンターまで備えられている。
私がソファで思案に耽る一方、悪魔祓いの少年――ユノはといえば、
「悪魔の気配がする犬とは、とても珍しいです」
「犬ではない。我は悪魔だ」
「メリル・クライン様が悪魔などを飼っているわけがありません。ゆえにあなたは犬です。とても珍しい喋る犬です」
「ククク……そのように杓子定規の思考しかできぬようでは、あの娘の足元にも及ばんぞ。せいぜい学ぶことだな、未熟な悪魔祓いよ」
「はい、それに関しては僕も同意できます。此度の任務において、メリル・クライン様の手腕をよく学ばせていただく所存です」
車両の隅っこで正座して、白狼とわちゃわちゃ喋っていた。
やはり所詮はガキ。犬っころと遊ぶのがずいぶん楽しいようだ。
この時点で私は、ユノというこの少年に白狼の始末を任せることを諦めていた。
白狼は傭兵集団を一瞬で片付けられる程度には強力な悪魔だ。任務もろくにこなせない三流お子様悪魔祓いに対処できる相手ではない。
ふうとため息をついて、私は改めて依頼書を開いた。
同行の悪魔祓いに丸投げするつもりでほとんど目を通していなかったが、こうなってしまっては読むしかあるまい。
そして白狼の事件のときのように、なんとか粗探しをして戦いを先延ばししまくるのだ。
――――――……
悪魔による被害が発生したのはシラート領ペグ村。
山間部に位置する小規模な村でありながら、豊かな穀倉地として知られる土地である。
およそ半年前、この地を治めるシラート家の領主から教会にこんな陳情が寄せられた。
『わが領内のペグ村において、一年間にわたって雨が降り続けている』
ペグ村は麦などの栽培に適した乾燥気候で、決して多雨地帯ではない。
そんな地域で一年間も、しかも一日たりとも止むことなく雨が降り続けるというのは、通常では考えられない事態だった。
陳情を受けた教会は「悪魔が関与している可能性が高い」と判断し、悪魔祓いユノ・アギウスをペグ村に派遣した。
ユノ・アギウスは現地で大蛇の姿をした悪魔(識別名【雨の大蛇】)を発見のち討伐。
大蛇の討伐と同時にペグ村の雨が降り止んだため、事件は一旦の終息を迎えた。
しかし、その後まもなくペグ村に異変が発生する。
複数の村人が相次いで【雨の大蛇】の棲家だった滝壺に投身自殺をしたのだ。自殺以前の彼らはいずれも憔悴しきった様子で、まるで何かに憑りつかれたようだったという。
そうして身投げの犠牲者が十名に達したころ、再び長い雨が村に降り始めた。
この雨は今もなおまったく止む気配を見せず、一月以上も降り続いている。
――――――……
「娘よ。何か腑に落ちぬことがあるようだな」
「へっ」
私が依頼書の事件顛末を読み終えたあたりで、白狼がぴょこんと近寄ってきた。どこか楽しんでいるような表情で。
「ずいぶんと小難しい顔で依頼書を読んでいたぞ。貴様がそこまで考え込むということは――この事件、元凶の悪魔を殺して終わりという単純なものではないのだな?」
逆である。
悪魔を殺して終わりの単純な事件にしか見えないから、どうやって先延ばしの言い訳をしたものか悩んでいたのだ。
なんせ顛末をどう解釈しても『討ち損ねた大蛇の悪魔が村人の命を喰らって力を取り戻し、再び村に災いをもたらしている真っ最中』という結論しか出てこない。
そもそも一年も止まない雨を降らせるなんて、悪魔の仕業でしかありえない。
ドゥゼルのときのような書類上のでっち上げとは話が違う。悪魔の仕業でしかありえない雨が村に被害をもたらしているのだから、処刑執行に物言いをつけるのが難しすぎる。
「そ、そうですね……。まあ……」
しかし私は曖昧にお茶を濁した。「悪魔が悪い」と断言してしまえば、私が矢面に立って戦うことになってしまう。一度討伐に失敗しているユノとかいう無能もアテにはできない。
「本当ですか、メリル・クライン様」
と、白狼に続いてユノもメリルの近くに寄ってきた。正座したまま床を滑ってくるという、実に珍妙な移動方法で。
「どうかご見解をお聞かせ願いたく思います。此度の事件を解決するには、悪魔の誅殺だけでは不十分なのでしょうか?」
「まっ、まずは『悪魔を殺す』というのを大前提にするのをやめましょう? 固定観念を捨ててフラットかつナチュラルに状況を見ることが事件解決の第一歩です」
私が適当にそう言うと、ユノはまるで雷に打たれたかのように目を見開いた。
「悪魔を殺さない……? メリル・クライン様、それはいったいどういう……? 悪魔は見つけ次第すべて殺すべきでは……?」
「おい小僧。その理論だと我はどうなる」
「だからあなたは犬です。犬以外にあり得ません」
「ほう、ならばペグ村とやらにいるのも『ただの蛇』かもしれんな」
わりと口が回るなこの犬。
白狼とユノは互いにバチバチと睨みあっていた――が、やがて同時に私を振り向いた。
「考えを聞かせてやれ、娘よ」
「考えをお聞かせください、メリル・クライン様」
私はどっと汗をかく。
考えも何も、まだ何も言い訳なんて思いついていない。
私は平静を装いながら、とりあえずの時間稼ぎに指を立てる。
「焦ってはいけません。結論を出すにはまだ情報不足ですから――まずはユノさん。あなたが最初に討伐に向かったときの顛末を、詳しく聞かせていただけますか?」
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