第8話「獅子は我が子をなんとやら」
以上が私、メリル・クラインの初仕事の顛末である。
ドゥゼルと傭兵崩れどもは憲兵に連行され、今後は詐欺の背後にいた商人などにも調査が及ぶという。
私は一切の名誉や地位を失わぬまま聖都へ凱旋。教会本部での報告を終えた後は、
もう二度と悪魔祓いの任務になんて行かない。
断固たる意志ですべての依頼を拒絶し、聖都でチヤホヤされるだけの人生を謳歌するのだ。
宮殿のごとく豪華な実家に着くなり、私は運転手に礼も言わず送迎の馬車を飛び降りる。
門番たちの「おかえりなさいませ」も聞き流し、季節の花々が咲き誇る美しい庭園に駆け込んで――
「帰ってきたか……娘よ」
庭に、なんかいた。
見上げるほどの白い巨躯。人を喰らい殺すためとしか思えない牙。鮮血のように赤い瞳。
絶対安全地帯である実家の庭に、決していてはならない怪物がいた。
「ママぁ―――――――――っ!!!!!!」
私は絶叫した。
大丈夫だ。
「あらメリルちゃん。お帰りなさい~。お仕事お疲れさま~」
と、
手にブラシを持っているから、毛繕いをしてやっていたらしい。
「こここここ、これは…………?」
「あぁ~。まだメリルちゃんには説明してなかったわね。私、ついさっきこの子を始末しに向かったのよ~」
「へ?」
「ほら。メリルちゃんが『助けて』って電信を送ってきたじゃない? ついさっき時間ができたから走って現場に向かったのよ~」
事件のあった田舎街まで、馬車でも数日はかかる距離だったと思うが、母の規格外さについては幼少期から慣れているのであんまり考えないことにする。
「そうしたら峠にこの子がいてね~。手早く殺そうと思ったのだけど、この子が『覚えておけ死神。貴様の娘は、貴様などよりも遥かに傑物だぞ』って遺言を宣ったのよ~。で、私は思ったの」
ぴんと母は指を立てる。
「よく分かってるじゃない! そう、メリルちゃんはすごいのよ、って!」
「そうして我はここに連れてこられた……」
哀愁を漂わせて白狼が呟く。
「なんで? なんで連れてきたのママ?」
「だって~。二人はお友達になったって聞いたから~。どうせなら近くにいた方が遊びやすいでしょ~?」
私は神妙な表情になって、こう言った。
「ママ。拾ってきたところに帰してきて。今すぐ」
「え~。どうして~? いいじゃない、うちの庭ってとんでもなく広いんだから~」
「聖都の! しかも聖女の家の庭に! 悪魔を住まわせていいわけないでしょうがぁっ!」
ぽん、と私の肩に白狼が巨大な肉球を触れてきた。
「娘よ。我を住処に帰そうとしてくれることは有難いが、もはや覚悟は決まった」
「どういう種類の覚悟……?」
「見届けさせてもらおう。貴様がこの無法な死神を越え、真の聖女となるまでの道程を」
白狼は獰猛な牙を覗かせてにやりと笑った。
「この死神の吠え面を見られる日が来るならば、それも一興というものだ」
「やだ~。我が子の成長に吠え面なんてかいたりしないわよ~」
どこか意気投合しつつある様子の母と白狼。
まだだ、諦めるのはまだ早い。今ならまだ殺れる。ここで私が弱いことを告白して、母に今すぐこの獣を始末してもらうのだ。
「でもね~。私、とっても安心してるのよ~」
白狼の隙を窺ってハァハァと息を荒くする私の前で、呑気に母が語り出す。
「メリルちゃんって、すごくたくさんの悪魔に狙われてるじゃない? こんなに鼻の利くお友達ができてくれたら、とっても頼もしいもの」
ぴたりと私は凍り付いた。
「ママ……? 今、なんて言ったの? 私が狙われてる……?」
「それはそうよ~。私がすっごく恨みを買ってるから、娘のメリルちゃんも狙われるのは当然でしょう? 今も――」
にこやかに母が空を見上げた。
遠い青空に浮いた雲の中で、翼を持った何かがさっと身を隠したように見えた。
「だから……ね、メリルちゃん? いつ誰が聞いているか分からないから、あんまり不用意なことを言うべきじゃないわよ?」
唇に指をあて、母がどこか冷ややかに微笑む。
もしかして――母はもう知っているのだろうか。私には何の力もないということを。
「とっても頼りになるお友達ができてよかったわね、メリルちゃん?」
「ふん……この娘に、我の助力が必要だとは思えんがな……」
私は自分の歯がカタカタと鳴るのを感じた。
たぶん、助けを求めても母は助けてくれない。この脳筋な聖女(はは)は、私に『独り立ちしろ』と言っているのだ。母の助けがなくとも、この先を生きていけるように。
獅子が我が子を千尋の谷に突き落とすように。
私は強い眩暈を覚え、頭を抱えて懊悩し、最終的にはヤケクソになって――
「私の初任務達成のお祝いに、今日は聖都中の腕利きの料理人を集めて盛大にパーティーするから! お金はママ持ちで!!」
今日のうちに最後の晩餐をたらふく食べておこうと、そう決めた。
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