見上げれば降るかもしれない

えんがわなすび

よっちゃん

 商店街を抜けて一本奥の路地に入る頃には、いつも辺りは真っ暗になっている。その頃にはもう牛肉がごろごろ入った大好きなコロッケ屋さんも、一回五十円でカゴの中の物を鷲掴みで買わせてくれる駄菓子屋さんもシャッターを閉めているので、ぼくは一人でランドセルをがたがた揺らしながらそこを通らなければいけない。


 学校から一人で帰っているのは、何も友達がいないわけではない。たまたま今年のクラスで帰る方向が一緒の友達がいないだけで、去年と一昨年は毎日よっちゃんと一緒に帰っていたのだ。

 よっちゃんは小学校に入った時からの友達で、背の順でいつも前から五番目までは入るぼくよりも背が低くて、みんなよりもちょっと肌の色が黒くて、いつもちょっと汚れたTシャツに裾が破れた半ズボンを履いていて、目がきょろきょろしてて猿みたいな子で、でもぼくの話をいつもにこにこしながら聞いてくれるいい奴だ。ぼくはそう思っている。

 そのよっちゃんは、ぼくらが三年生に上がった途端、どうしてか一緒に帰ってくれなくなった。

 帰ってくれないというより、よっちゃんに会えないのだ。

 去年までは一緒のクラスだったもんだから、一番最後の授業が終わったらそのまま二人で教室を出て並んで商店街を抜けて家に帰っていた。それが今年はクラスが違うから、じゃあ一番最後の授業が終わったら校門の前で待ち合わせしようよと約束したのが二月のクラス発表の日だった。よっちゃんから言い出したことだった。

 それが四月も終わりに近づいても、校門の前でよっちゃんの姿を見たことはなかった。最初は約束忘れたのかなとも考えたけど、ぼくらの間で約束が破られたことはこれまで一度もなく、何よりよっちゃんがそんなことするはずがないなというのがぼくの考えだった。

 よっちゃんのクラスまで彼を迎えに行こうとも考えた。でもよっちゃんのクラスにはぼくの知っている子が一人もいなくて、極度の人見知りのぼくが声を上げて知らない子達に「よっちゃんいる?」とは聞けなかった。だからこの二年間ぼくはよっちゃんしか友達がいなかったし、そのよっちゃんがいなくなった途端ぼくはひとりぼっちになった。


 ランドセルの中に入れた筆箱が跳ねてがたがた叫んでいる。その音に混じって、キィーキィーという固いものに金属を滑らせたような音がする。その音が近づくにつれて、ぼくは日が落ちた路地を早足で進む。

 それが近づいているのか、ぼくが早足だから近づいていっているのか分からないけど、とにかくこんな時は隣によっちゃんがいれば良かったと思う。

 そうすればぼくは日が落ちた路地を一人で歩くこともないし、早足で息が切れそうになることもないし、首が落ちそうなくらい下を向いて歩くこともなければ、暗い路地の電柱のてっぺんから首を吊ってゆらゆら揺れる真っ黒の人の形をした何かを知ることもなかったかもしれない。

 風に揺れているのかどうなのか分からない真っ黒なそれのちょうど真下を通るとき、ぼくはもうひっくり返るんじゃないかってくらい下を向いて歩いている。きっとたぶんあいつは、見上げれば降るかもしれないからだ。その身体をゆらゆら揺らして限界まで揺れて、吊った縄を千切ってぼくの上に降ってくる。

 こんな時は隣によっちゃんがいてくれたらいいのに。そしたらなんでもない顔して二人で学校の話をして我慢できなくなったらよっちゃんの手を繋いでみたりして。よっちゃんがいてくれたらいいのに。


 でもさ、よっちゃん。一度遠くから見ただけだから、ぼくの見間違いかもしれないんだけどさ。

 電柱のてっぺんから首を吊ってゆらゆら揺れているあいつ、小さくて黒くてぼろぼろに汚れたTシャツと半ズボン着た猿みたいなんだよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見上げれば降るかもしれない えんがわなすび @engawanasubi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ